吃音乗り越え万博マルタ館で奮起、アドリブで来場者魅了…外資系内定の大学生
吃音乗り越え万博マルタ館で奮起、アドリブで魅了…外資系内定

大阪・関西万博のマルタ館でボランティアを経験した近畿大4年の福田優樹さん(21)が、吃音を乗り越え、アドリブを交えた案内で来場者の心をつかんだ。その経験を生かし、希望の外資系コンサルティング企業に内定した。

すし教室で英語のレクチャー

9月中旬、大阪・ミナミにある外国人向けのすし作り体験教室に笑い声が響いた。講師を務める福田さんは、カナダから初めて日本を訪れた夫婦に、ご飯の量や握り方を英語でレクチャーしていた。吃音があり、たまに言葉が詰まることもあるが、明るい接客に会話はどんどん弾んだ。軍艦巻きという呼び名の由来といった豆知識を織り交ぜながら、大阪の名物も説明した。

体験したアレハンドロ・ゴンザレスさん(36)は「思いが伝わってきた。説明はわかりやすく、会話も楽しめてパーフェクトですね」と笑顔で語った。

吃音との向き合い

大阪市旭区出身の福田さんは、小学校高学年の頃から自身の話し方が気になり始めた。国語の教科書を音読すると、詰まったり、繰り返したりしてしまう。無理に声を出そうとして体が動き、同級生からからかわれたこともある。吃音と分かってからは、周囲に隠すようになった。

高校2年の秋にはパニック障害を発症し、中学から続けていた野球や学校から足が遠のき、家から出られなくなった。ある日、スマホの画面に、米国留学の日常を発信するインフルエンサーの動画が流れてきた。「英語で会話できたらかっこいいな」と、言葉の壁を越えて通じ合う姿に憧れた。

マルタ館での試行錯誤

近畿大に入学後、約8か月間の米国留学を経験。帰国後、2年の時、マルタ館のボランティア募集を知り、「英語も使えるし、大勢の人前で話す経験を積むチャンスだ」と手を挙げ、採用された。

マルタ館では、日本語と英語で展示物の解説などを担当した。渡された原稿をバインダーに挟んで臨んだ初日、発音しづらい言葉もあったが、手元を見つつ約30人の前で説明した。そつなくこなしたつもりだったが、来場者が漏らした「長いこと並んだのに、時間の無駄やったな」という言葉にショックを受けた。

省みると、原稿を丁寧に読もうとしただけだった。文化や歴史を聞かれても答えられなかった。「原稿をなぞるだけでは楽しんでもらえない」と思い、試行錯誤の日々が始まった。ボランティア仲間やマルタ人のスタッフから現地の暮らしなどについて学び、アドリブで説明に加えた。

マルタ語で「ボンジュ(こんにちは)」と声をかけるつかみで場を温めると、来場者も笑顔で返してくれた。「ア」の発音が難しいことから、「ありがとう」を「グラッツィ」と言い換えるとスムーズに話すことができ、盛り上がった。来場者からテーマパークで働いていたと間違われるまでになった。「満足してもらえれば、言葉が詰まろうが繰り返そうが、オールOKじゃん」。半年がたち、閉幕する頃にはこう思えるようになっていた。

万博の経験を力に

マルタ館で一緒に働いた横山侑莉さん(23)は当初、福田さんから「人前でしゃべるのが苦手」と聞いた。手が震えている姿も見かけたが、それでも「工夫を重ねて、来場者の疲れを吹き飛ばすようなスピーチができるようになった。その前向きさに、自分も刺激を受けました」と話した。

閉幕後の就職活動でも万博での経験が生きた。面接の場面で、福田さんは数十人の来場者を前に堂々と話したことを思い出し、気持ちを落ち着けた。今も言葉が詰まることはあるが、吃音を「弱み」と捉えず、乗り越えた過程を「努力」という強みに変えた。希望の外資系コンサルティング企業に内定し、来年から東京で働く予定だ。

今は、すし作り教室の講師を含む四つのアルバイトを掛け持ちしている。万博では、マルタやその要人とのつながりもできた。こうした人脈を生かした事業に挑戦したいとの夢もある。

成人の100人に1人が持つとされる吃音。「以前は周囲の反応が怖かったが、一番気にしているのは自分だった。吃音を理由に諦めるなんてもったいない」。これからの人生、何にでも挑戦できる気がしている。