松山市千舟町のコーヒースタンド「たずねけりコーヒー」が7月、3年間の営業を終えた。オフィス街の一角にあり、外国人留学生らが接客してコーヒーをいれる。その香り豊かな一杯を通し、国境を超えて交流が生まれる「小さな世界」として、多くの人に親しまれた。
最後の営業日、常連客でにぎわう
最後の営業日となった7月19日、世界地図が飾られた広さ3.5坪ほどの店は、次々と訪れる常連客らでにぎわっていた。イスラム教徒の女性が髪を覆う「ヘジャブ」を身につけた店員らが応対し、「お待たせしました。アイスコーヒーです」と日本語で商品を差し出した。英語など多彩な言語も飛び交い、異国情緒が漂った。
2023年7月の開店時から毎週のように通ったというフリーライターの日野崇さん(70)は、顔なじみの店員に連絡先を渡し、「ここは思い出の場所。店員から他の国の文化について聞くのが楽しかった」と名残を惜しんだ。
運営NPOの思いと店名の由来
店は、留学生の支援などを行うNPO法人「松山さかのうえ日本語学校」が、国籍を問わず平等に働ける場所をつくろうと開設した。その名は、松山出身の俳人・正岡子規の句にちなんだ。
「いくたびも雪の深さを尋ねけり」の句には、病床にある子規が、自分で見ることができない雪の深さを何度も家人に聞いた状況が詠まれ、「(聞き取れなくても)何度尋ねてもいい」との思いを込めたという。同NPOの山瀬麻里絵代表理事は「客が『何度も訪ねる』という意味も含めた。日本語を勉強中の外国人と会話し、優しい気持ちになれる店にしたかった」と振り返る。
背景には、来日まもない留学生は日本語をあまり話せず、宗教への偏見などもあり、アルバイトをしたくても「採用してもらえない」との悩みが多く寄せられていたことがあった。あえてコーヒースタンドという接客が必要な営業形態にしたのは、地元客らと交流し、地域社会に溶け込むきっかけになればとの願いからだった。
3年間で34人が勤務、国籍超えた交流
この3年間に34人の店員が働き、このうち日本人が10人だったのに対し、外国人は24人に上った。アルジェリアから愛媛大大学院理工学研究科に留学するシャハバ・オマール・カリームさん(28)は、2024年12月から約1年半、店で勤務した。
最初は接客時にかなり緊張していたが、常連客らに温かく迎えられ、「頑張って」と声をかけてもらった。応対を重ねるうち、会話の機会が増え、大学院の研究について話題にすることもあり、「常連客とは家族みたいな関係」と笑う。
1人目の客だったイラストレーターの青山昌寛さん(40)とは、今では一緒に飲みに行く友人だ。青山さんは「スポーツや芸術の趣味が合い、仲良くなった。この店で、いろんな国の人と出会うことができた」と語る。
閉店の原因と今後の展望
惜しまれつつも店を閉じたのは、経営不振が原因だった。人件費や研修費がかさみ、次第に経営を維持するのが難しくなった。
山瀬代表理事は「店員に外国人が多く、客から『入りにくい』との声も聞いた」と明かす。一方、近くの老舗時計店の社長が店に通ううち、韓国人男性をアルバイトで初めて採用したこともあり、「ビジネス街であまり外国人と触れ合う機会がない人も常連になり、一緒に若い学生を育ててくれた」と手応えも示す。
ほかの国や地域で生まれ育った人たちと知り合うことで、地図上の距離よりも身近に感じられるようになる。「世界をもっと小さくする」。このたずねけりコーヒーの理念は、いつか新たな場所で引き継ぐつもりだという。



