薩摩焼振興の十二代沈壽官、没後120年で展示会 黎明館で11月29日まで
薩摩焼振興の十二代沈壽官、没後120年で展示会 黎明館で11月29日まで

明治期に薩摩焼の振興に貢献した十二代沈壽官(ちんじゅかん)(1835年~1906年)の功績や、薩摩焼が作られてきた苗代川(現・鹿児島県日置市美山地区)の歴史を紹介する「没後120年 十二代沈壽官と苗代川」が、鹿児島市の県歴史・美術センター黎明館で開かれている。11月29日まで。

十二代沈壽官の功績

十二代沈壽官は苗代川で生まれ、薩摩焼が海外からも注目されていた1875年、陶工らとともに「玉光山陶器製造場」を設立。薩摩焼の伝統を守りながら、海外向けの作陶や取引に尽力し、透かし彫りや浮き彫りなど新たな技法も生み出した。

展示内容と関連資料

今年、十二代沈壽官の没後120年となるのに合わせ同館が企画。会場にはつややかな素地の美しさを生かし、緻密(ちみつ)に絵付けが施された白薩摩の花瓶「錦手牡丹文花瓶」やその下絵、茶碗など十二代沈壽官の作品が並ぶ。また、オーストラリアからの注文書や、島津家や皇室から依頼を受けたことがわかる資料も展示する。

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苗代川の歴史

豊臣秀吉の朝鮮出兵で連れてこられた陶工の一部が窯を開いたとされる苗代川一帯では、陶工らに朝鮮風の名前を名乗らせるなど薩摩藩による「異化政策」がとられた。展示品には当時の朝鮮語の教科書や舞に使われた楽器などもあり、朝鮮の風俗を保った苗代川の歴史も伝えている。

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