2026年9月から10月にかけて、愛知・名古屋アジア・アジアパラ競技大会が開催される。中東紛争が続く中、スポーツを通じてアジア各国の絆を深める契機となることが期待される。
戦後復興とアジア大会の始まり
アジア大会は、第2次世界大戦後の1951年、ニューデリーで第1回大会が始まった。戦禍で分断されたアジア各国の絆を、スポーツを通じて取り戻すことが主な目的とされ、日本など11か国・地域が参加した。敗戦国の日本にとっては、1952年ヘルシンキ五輪に先立つ国際総合大会復帰戦だった。
当時の本紙社説は「政治的にはまだ真に国際社会に復帰することができていないにかかわらず、(中略)地域的に特に親密であるべきアジア諸国民の会同に参加しうることは大きなよろこびである」と、日本受け入れに感謝した。
過去の開催と東京五輪への布石
その後、日本では1958年の第3回大会を東京で、1994年の第12回大会を広島で開催し、今回が3度目となる。
1958年大会は、東京五輪招致への試金石だった。大会には16か国・地域が参加し、選手数は前回からほぼ倍増の1820人となった。戦後復興を目指す中でも大規模大会の運営能力を示した。
開会式前日には大会総裁の皇太子さま(現上皇さま)が新宿御苑でガーデンパーティーを開催し、選手たちからサイン攻めにあった。当時の本紙には「三十分もすると皇太子さまの黒い背広の胸は各国の選手たちから贈られたバッジで勲章をちりばめたようになった」と記された。
国を挙げての努力の結果、来日した国際オリンピック委員会の委員たちに運営を高く評価され、翌年に1964年の東京五輪開催が決まった。大会後の本紙社説には「競技場に捨て残された紙クズなども、日を追うて少なくなって行った」とある。
スポーツの力で絆を深める契機に
今年は、2、3月にミラノ・コルティナ冬季五輪・パラリンピック、3月に野球のワールド・ベースボール・クラシック、6、7月にはサッカーのワールドカップが開催され、日本勢の活躍が続いた。そして、9、10月には愛知・名古屋アジア・アジアパラ競技大会が控える。
アジア大会は、戦後復興から発展を遂げたアジア各国が、今なお続く紛争を乗り越え、スポーツの力で絆を深める機会となる。その歴史と意義が、今回の大会で再び注目される。



