第22回明治丸シンポジウム開催、海事技術の進歩を専門家が解説
第22回明治丸シンポジウム、海事技術の進歩を解説

2026年7月20日の「海の日」、東京・江東区の東京海洋大学越中島キャンパスで、同大学の「海の日記念行事」の一環として「第22回 明治丸シンポジウム」が開催された。テーマは「明治丸から始まる技術の進歩」。現存する日本最古の鉄船である明治丸を起点に、船体構造、推進機関、航海技術の発展について、各分野の専門家である同大学の名誉教授と教授が3つの講演を行った。

「海の日」にゆかりのある「明治丸」とは

東京海洋大学越中島キャンパスで保存・展示されている「明治丸」は、現存する日本唯一の鉄でできた船であり、船としては日本初の国の重要文化財だ。当時建設が進められていた洋式灯台を巡回するための船として、明治政府がイギリス・グラスゴーのネピア造船所に発注し、明治7年(1874)に竣工した。

明治8年(1875)、横浜に回航された明治丸は燈台巡廻船としてだけでなく、同年、イギリスとの間で小笠原諸島の領有問題が生じた際に、日本政府の調査団を乗せ小笠原に到達し、日本の領土の基礎を固めることにも貢献した。

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また、翌明治9年(1876)には、明治天皇が東北・北海道巡幸の際、青森から函館を経由し、7月20日に横浜に安着した。のちに7月20日は「海の記念日」に制定され、平成8年(1996年)からは国民の祝日「海の日」として親しまれている(現在は7月第3月曜日)。

約20年間、燈台巡廻船として活躍した明治丸は、明治29年(1896)に東京海洋大学の前身である商船学校に譲渡され、係留練習船として多くの船員の学びの場となった。

「明治丸のファン」になってほしい

開会にあたり、東京海洋大学長の井関俊夫氏が開会の挨拶を行った。聴講者に向けて提案がある、と前置きし、「講演を聞いて気になることがあれば、メモをしてください。ご家族やお友達に豆知識として披露し、明治丸博士と一目置かれるはずです。そのお話を聞いた方も、明治丸ファンになっていただければ非常に嬉しいです」と呼びかけた。また、江東区長・大久保朋果氏から来賓挨拶も贈られた。

明治丸の船体構造解説~鉄船と鋼船

最初に、東京海洋大学理事・副学長で教授の南清和氏による「明治丸の船体構造解説~鉄船と鋼船」の講演が行われた。

現代の船は、鉄(錬鉄)よりも強度が固く強い「鋼」を用いて造られている。1874年に竣工された明治丸は、鋼ではなく当時の最上級の鉄(錬鉄)を用いており、また溶接ではなくリベット(鋲)を使って造船されている。今回、「明治丸に、もしも現代の技術である鋼が使われたら?」という仮説と、それを検証するシミュレーションが発表された。

南氏は、錬鉄と現代の鋼材の違いについて、材料強度だけでなく保存性の観点からも解説した。もし明治丸に鋼(高張力鋼)と溶接が用いられた場合、約100トン近くの軽量化が期待できる一方で、腐食(サビ)への耐性という点では明治丸に使われた錬鉄のほうが有利だという。当時最先端の製鉄技術で造られた明治丸は、建造から150年経った今も建造当時の躯体の約7割を残しており、19世紀後半の造船技術を伝える貴重な資料だ。

また、関東大震災、東京大空襲、そして戦後のGHQによる接収など様々な苦難を乗り越え、その後商船学校で多くの海事人材を育ててきた明治丸は「奇跡の船」だと南氏は語る。「明治丸は現存する奇跡の船であり、“みんなの船”として日本の未来に残していく必要があります。東京海洋大学だけでなく、江東区の地域の皆さん、そして日本国民の皆さんと共に、未来へ受け渡していきたい」と締めくくった。

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明治丸の推進機関と現在の推進機関

続いて、東京海洋大学名誉教授 刑部真弘氏による「明治丸の推進機関と現在の推進機関」。本講演は、同大学の教授 桑田敬司氏が務める予定だったが、都合により刑部氏が担当した。

刑部氏の講演は、当時世界最速を誇ったイギリスの「カティーサーク号」と「明治丸」、19世紀後半に造られ活躍した2つの船の比較から始まった。帆船であるカティーサーク号は風の力で航行する一方、明治丸は蒸気往復機関を搭載していた。カティーサーク号が就航した1869年は、地中海と紅海を通してヨーロッパとアジアを繋げるスエズ運河が開通した年だ。スエズ運河は、風の力を利用する帆船の航行が難しく、動力を持つ蒸気船でなければ通れなかったという。

蒸気往復機関のしくみや、そこから進化した「二段膨張蒸気往復動機関」、さらに東京商船大学の初代学長・菊植鉄三氏が設計した「三段膨張蒸気往復動機関」も紹介。このエンジンは1945年まで使われており、現在百年記念資料館で保存されている。

さらに、1895年には世界初の蒸気タービンを動力とする「タービニア号」が登場し、2000馬力、34.5ノットという高速航行を実現。蒸気タービンの技術はその後大きく発展し「モーリタニア号」「タイタニック号」をはじめとした大型客船にも採用された。特に「タイタニック号」は、三段膨張蒸気往復動機関と蒸気タービンを組み合わせた、当時最先端の推進機関が用いられていたという。

1892年にはディーゼルエンジンが発明された。世界最大規模の舶用ディーゼルの排気量は約2万7千リッター。ひとつで江東区民に電気を供給できる規模感だという。また、1995年にはガスタービンと蒸気エンジンを組み合わせた「超小型複合サイクル機関」が登場。刑部氏自身も開発に携わっており、2000年に就航した「ミレニアム号」に搭載されている。他にも、液化天然ガス(LNG)を燃料とするLNG船、重油とLNGで動かすLNGディーゼル、アンモニアを燃料とするアンモニア船などが挙げられた。

また、東京海洋大学が開発・研究を行う「電池推進船」やバッテリーで動く「電池バンカー船」、そしてエンジンと風力を活用した船など、最新の船の動力も紹介された。

「船のエンジンは様々なバリエーションを持ちながら開発されてきました。また、蒸気タービンが火力発電の主力になっているように、船のエンジンは陸上でも使われています」と刑部氏は締めくくった。明治丸から現代まで、その時代の船の最先端の推進機関を学べる濃密な講演だ。

Navigationを支援する航海計器と自動運航

最後の講演は、東京海洋大学教授 村井康二氏による「Navigationを支援する航海計器と自動運航」。「ナビゲーションの語源は、船から始まりました。現代では飛行機や交通システムでも使われていますが、船が発祥です」と村井氏。出発地から目的地まで、安全に効率よく移動する「ナビゲーション」を支援するためのさまざまな航海計器が紹介された。

講演の途中で扇形の道具を出した村井氏は、「自分の位置を知るために、緯度経度を測るにあたり、天体を使っていました。天体で緯度を測る道具が、この『六分儀』です」と語る。「六分儀」は、内部の鏡に天体を映し、水平線と比較して緯度を測る精密機械だ。

緯度・経度を自動的に知るGPS、周囲を調べるためのレーダーやAIS(自動船舶識別装置)、進路をコントロールするオートパイロット、そして電子海図を表示し自船の航海計画と監視を行うECDIS(電子海図表示情報装置)と、航海のナビゲーションを支援する機器は多岐にわたる。これらの技術やAI技術などを使い、認知判断の自動化を進め、自動的に動く自律運航船の研究も進められている。ヨーロッパで実際に運航している船の事例や、東京海洋大学での実験も発表された。

講演の終了後、東京海洋大学ミュージアム機構長 婁 小波氏より閉会の挨拶が行われた。明治丸海事ミュージアムでは、明治丸の修復及び維持管理、また同校の歴史を軸とした商船教育史と海事史を物語る資料を展示した「東京海洋大学百周年記念資料館」の整備および資料収集といった取り組みや、明治丸の歴史と文化の発信や交流活動を行っている。

この取り組みの紹介とともに、東京海洋大学大学基金(明治丸海事ミュージアム事業)への寄付を呼びかけた。同基金は、「重要文化財明治丸」を中心とした次世代の海事産業を担う海事意識啓発や、海事文化交流等の活動を支援する事業だ。明治丸の定期的なメンテナンス費用や百周年記念資料館の整備費用として、寄付を募集しているという。

約150年前から活躍し、今もなおその美しい姿で現存する「明治丸」。日本の海事史を語る上では欠かせない同船は、船体構造や推進機関、航海技術の発展を伝える貴重な存在だ。今回のシンポジウムは、明治丸を起点として海事技術の歩みを振り返るとともに、その歴史的価値を次世代へ継承していく重要性を改めて認識する機会となった。

なお、明治丸海事ミュージアムは、令和8年7月21日から令和8年9月9日までの間、熱中症等の対策のため閉館する。