坂口健太郎主演『私はあなたを知らない、』レビュー 中野量太監督10年ぶりオリジナル脚本の重み
坂口健太郎『私はあなたを知らない、』レビュー 中野量太監督10年ぶりオリジナル脚本

坂口健太郎が主演を務める映画『私はあなたを知らない、』が現在公開中だ。『湯を沸かすほどの熱い愛』など“家族”をテーマに作品を撮り続けてきた中野量太監督が、本来交わるはずのない「母を殺した男」と「被害者の娘」という二人の運命をサスペンス形式で映し出し、“知る”“知らない”をめぐる優しさと残酷さを、ユーモアと愛に満ちた視点で描いている。今回はそんな今作をレビューする。

※編集部注:本記事は物語の核心に触れる内容を含みます。知らない状態で映画をご覧になりたい方はご注意下さい。

憂いを帯びた坂口健太郎と静かなサスペンスの温度感

映画『私はあなたを知らない、』は★3.9。憂いを帯びた坂口健太郎のたたずまい、早瀬憩の寂しさを含んだ声や、真摯さが伝わる瞳をはじめ、キャスティングがはまった。中野量太監督が10年ぶりにオリジナル脚本で挑んだ今作は、サスペンスと穏やかさが入り交じった、奇妙な温度感をまとっている。

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東京の片隅。決まった時間に起床し、工場の仕事に出かけ、週に一度、お気に入りの食パンを買う。天涯孤独なまま、閉じた世界でひっそりと暮らしてきた西山夕平(坂口)の生活が、パートとして入ってきた社交的な東浜紗月(堀田真由)との出会いによって変化する。

“家族”の温かさと、取り返しのつかない事件

紗月と恋人同士になった夕平は、やがて彼女が幼い娘・朝子(倉田瑛茉)を育てるシングルマザーであることを伝えられ、戸惑いながらも、“家族”の温かさに初めて触れた。それまで存在すらしなかった幸せを知った瞬間だった。夕平は、朝子に父親のような愛を注いでいく。だが目の前の“愛情”に注力している夕平に対し、将来を見据えて転職した紗月との関係には溝が生まれ、別れを告げられる。それは夕平にとって、“家族”を失うことだった。ようやく見えた光に必死にしがみつこうとした夕平の行動は、取り返しのつかない事件へと発展する。

成長した朝子(早瀬)は、母が元恋人に殺められた事実を知る。さらにその相手が自分を娘のように可愛がっていたことも。彼女には母の記憶も、夕平の記憶もない。夕平はなぜ母を殺めたのか、本当に「殺意」があったのか。「彼を憎むことができるのは私だけ」。当時の裁判で口をつぐんだ夕平から真実を聞くため、朝子は服役中の夕平との面会を重ねていく。

印象的なアイテムとタイトルの意味

東京スカイツリー、サボテンといった印象的なアイテムが、どちらも時代、時間の経過を映すとともに、夕平を激しく揺さぶるスイッチとして機能する。建設中だった電波塔の名称が「東京スカイツリー」に決まったと聞いたとき、サボテンにまつわる真実を知ったとき、夕平のスイッチは押された。

過去と現在の時間軸を交差させながら少しずつ過去の真相を明かしていく本作は、夕平と朝子の最後の面会で感情を爆発させ、「タイトルの意味」へと進んでいく。

「私はあなたを知らない、」の読点「、」は、夕平、朝子、ふたりのこれからを感じさせ、観客に余韻を残す。朝子は「私はあなたを知らない、」と、自らの意思で未来を選んだ。夕平の場合は、自らの真実へも目を閉じてきた部分があるのではないだろうか。

サボテンの真実と、赦しの重み

サボテンの真実を知り、夕平自身、彼の抱えてきた真実と向き合ったからこそ、生きていく覚悟を決めることができたように見えた。最後に登場する手紙も、夕平が歩いていくもう一押しになったであろう。

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しかし物語はさらにその後を見つめる。社会復帰は必要だ。だが、刑期を終えても罪そのものが消えるわけではない。赦すこと自体はあっていい。ただ、本作は赦す、赦さないという2択に単純化していない。可能性を匂わせながらも、安易な救いに着地しなかった終わりに、贖罪という言葉の重みと誠実さを感じた。

最後に。冒頭に書いた「憂い」だけでなく、空虚さ、喜び、不器用さ、滑稽さ、痛み、危うさといった、多様な機微を静かに発露する坂口の表現力と「涙」の引力を特筆したい。夕平と朝子の明日は、観終わってなお、観客に「家族とは」「贖罪とは」「赦すとは」と問い続ける。