神奈川県逗子市にある弥生時代後期から古墳時代にかけての集落遺跡「地蔵山遺跡」で、マンション建設に先立つ発掘調査が行われ、新たに竪穴住居跡8軒や青銅製品などが発見された。
同遺跡のある田越川周辺は、大和政権との関係を示す前方後円墳や複数の集落跡があり、近畿地方と東日本を結ぶ太平洋側ルートの要衝だったとみられている。今回の調査で、人や物が行き交った古代の様子や古墳と周辺集落との関係を解明する手がかりとなる資料が追加された。
発掘調査の概要と新たな発見
三浦半島の付け根付近に位置する地蔵山遺跡は、平成10年に発見された約1800~1400年前の集落跡。11~12年には民家建設前の発掘調査で竪穴住居跡13軒などが確認されている。
今回の調査は今年6~9月、前回調査に隣接する約325平方メートルの範囲で実施され、竪穴住居跡10軒を検出。うち2軒は前回と重複しており、8軒が新たに見つかった。古墳の被葬者の権威を示す副葬品として出土例が多い銅鏃(青銅製の矢じり)も見つかり、有力者と関係のある人物の存在がうかがえる。
祭祀的行為の可能性と今後の意義
5日に開催された現地説明会では、調査を実施した吾妻考古学研究所の担当者が解説した。竪穴住居の耐用年数は数年から10年程度と短く、同じ場所で繰り返し作られる。今回検出された10軒も重なり合っており、担当者は「黄色っぽい土に黒い土が入っているので(時代によって)土の違いがある」と話した。
住居跡の一つでは日常生活用の土器が少ない一方、祭祀的な性格を持つとみられる高坏が複数、床面に転がった形で見つかった。「住居の廃絶に際し、何らかの祭祀的な行為をした可能性が高い」とされ、担当者は「(周辺が)どのような状況だったかを明らかにするための資料を追加できた」と説明した。



