『左利きの少女』ツォウ監督、祖父の言葉が映画誕生の原点と明かす
『左利きの少女』ツォウ監督、祖父の言葉が映画誕生の原点

アカデミー賞台湾代表作品に選出され、同賞の国際長編映画賞ショートリスト入りを果たした映画『左利きの少女』(14日公開)の一般試写会舞台あいさつが行われ、来日したツォウ・シーチン監督が登壇。自身の実体験をもとにした本作の原点や、長年タッグを組んできたショーン・ベイカーとの共同制作秘話を語った。

「左利きは悪魔の手」という祖父の言葉

本作は、第77回カンヌ国際映画祭で正式出品され、第98回アカデミー賞国際長編映画賞の台湾代表作品に選出。さらに同部門ショートリスト入りを果たした話題作。『ANORA アノーラ』でアカデミー賞作品賞を含む5部門を受賞したショーン・ベイカーが脚本、編集、製作を担当し、『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』などでプロデューサーとしてベイカーを支えてきた台湾出身のツォウ・シーチンが初の単独監督を務めた。

舞台あいさつで本作の着想について質問が及ぶと、ツォウ監督は自身の幼少期の体験を振り返った。

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「幼い頃、左利きでナイフを使っていた時に祖父から『左利きは悪魔の手だから使うな』と言われたことがありました。その経験、その記憶のかけらが残っていて、ショーン・ベイカー監督に話したところ『それは映画のアイデアになるのでは』と言われたのが始まりでした」と明かす。

主人公の少女イージンが左利きであることを通じて、家族や社会に潜む偏見や価値観を描いた本作。その原点には、監督自身の忘れられない記憶があったという。

20年以上温め続けた企画

2004年にショーン・ベイカーとの共同監督作『テイクアウト』を発表して以来、初の単独監督作となったツォウ監督。

「2001年にショーンと一緒に台湾へ来て、自分の記憶から映画を作れるか模索していました。当時はまだ経験も浅く、形にする方法が見つかりませんでした。その後、2010年に改めて台北で1カ月滞在しながら脚本を書こうとし、夜市を舞台にすることを決めました」と、企画自体は20年以上前から温めていた構想だったことも明かした。

全編iPhone撮影で実現したリアルな夜市

本作は全編iPhoneで撮影されたことでも注目を集める。

実は『タンジェリン』でショーン・ベイカー監督にiPhone撮影を提案したのはツォウ監督だったという。「リアルな台湾の夜市で撮りたいと思っていましたが、周囲からは無理だと言われていました」と振り返る。

「普通のカメラだと野次馬が集まってきますが、iPhoneなら誰も映画撮影だと思わないので、そのまま通り過ぎていきます。だから実際の夜市を撮影することができたんです」

また、小型機材ならではの利点についても言及。

「さまざまなアングルで撮れたことが大きなメリットでした。イージンの子どもの目線で夜市を見せることができましたし、お姉さん役のマー・シーユエンさんは演技経験がなかったので、大きなカメラより自然に演じられたと思います」

男性優位社会への問題意識

ドキュメンタリータッチの映像表現については、1990年代後半に影響を受けた映画運動「ドグマ95」の存在を挙げる。

「ショーンと出会った1999年頃、デンマークでドグマ95というムーブメントがありました。リアルなロケーション撮影や音楽を使わないスタイルなど、ドキュメンタリーに近い作品群に感銘を受けました」

一方で、作品のテーマについては台湾社会に根付く男性優位的な価値観への問題意識が背景にあるという。

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「この作品のキャラクターや出来事の多くは自分の人生が反映されています。台湾社会では今でも男の子を大切にする傾向が強く、いろいろな人と話していても男性優位の空気を感じざるを得ませんでした。だからこそ、その社会を描きたいと思ったのです」

次回作はニューヨークが舞台に?

イベントの最後には観客へ向けてメッセージを送った。

「もし映画を気に入ってくださったら、家族や友人を連れて観に来てください。SNSにも感想を書いていただけたらうれしいです」

さらに次回作については、「26年間住んだニューヨークという街を舞台にした作品を作りたいと思っています」と構想の一端を披露。大きな拍手に包まれながら舞台あいさつを締めくくった。

『左利きの少女』は8月14日よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開。

【編集部MEMO】

『左利きの少女』ストーリー

台北の夜市で麺屋台を営むシングルマザーのシューフェンと姉イーアンと暮らす5歳の少女イージン。ある日、祖父から左手を「悪魔の手」となじられた彼女は罪悪感を抱き始める。しかし、その“悪魔の手”は家族が隠していた秘密や罪を次々と浮き彫りにしていく。