『スター・ウォーズ:ビジョンズ/九人目のジェダイ』が、8月5日よりディズニープラスで全話一挙独占配信されている。同シリーズ初の長編シリーズとなる本作は、『スター・ウォーズ:ビジョンズ』Volume 1の短編『九人目のジェダイ』と、Volume 3に収録された続編『The Ninth Jedi: Child of Hope』に連なる物語で、制作はProduction I.Gが手がけた。
「スター・ウォーズ」を成立させる最低限のルール
神山健治総監督は、自身が『スター・ウォーズ/新たなる希望』を初めて観たときの衝撃を同じように表現したいという思いがあったと語る。脚本を書く段階で「スター・ウォーズ」を「スター・ウォーズ」たらしめているものを考え、ジェダイとライトセーバー、ユニバースの設定は外せないとした。主人公たちが銀河を股にかけて冒険し、それぞれの惑星が一つの国のように独自の文化や社会を持ち、多種多様な種族やクリーチャー、ドロイドが登場し、宇宙船で惑星から惑星へと行き来することを「最低限のルール」と定義した。
また、フォースも世界を規定する大きな要素であり、実写シリーズや映画とあまりにも異なるものを出すと「スター・ウォーズ」としてピンとこないかもしれないと懸念を示しつつ、砂の惑星に二つの太陽が浮かぶなど「スター・ウォーズ」らしい絵を丹念に作り込みながら、自分たちらしさも生み出そうと考えたという。
ライトセーバーが映し出す「持つ人の心」
本作では、ライトセーバーの色が物語の鍵を握る。青か赤か、善か悪かという二者択一ではなく、善にも悪にも転び得る存在として描かれており、侍や日本刀の精神性にも通じる奥行きを感じさせる。神山監督は、ライトセーバーに侍や日本刀の考え方を取り入れたという点で日本らしさがあるとしつつ、善悪については「今の時代、西洋においても単純な二元論では語れなくなっている」と述べた。
自身が12歳で初めて観たとき、ライトセーバーはジェダイにしか使えず、色は持つ人のフォースを表していると思っていたが、『帝国の逆襲』でハン・ソロが普通に使っているのを見て勘違いに気づいたという。それでもジェダイにしか使えない方がかっこいいという思いが残り、本作ではライトセーバーが持つ人の心やフォースに反応し、色や長さが変わる設定にした。これにより、善と悪を単純に分けず、ジェダイの迷いや「見方によってはシスの考えも正しいかもしれない」というところまで描けると考えた。正義とは何かを簡単には言えない今の時代だからこそ、改めて「ジェダイの規範を自分もまねしたい」「やはりジェダイはかっこいい」と感じてもらえる作品にしたいと語った。
なぜ正義を信じる人が“闇”へ進むのか
ナワームというキャラクターを登場させた理由について、神山監督は『ファントム・メナス』から『シスの復讐』で、正義を信じていたアナキン・スカイウォーカーがなぜダークサイドに堕ちたのかが描かれていることに触れ、本作でも「正義を信じる人が、なぜ悪へと進んでしまうのか」というテーマを今の時代に考えたいと思ったと説明した。
力を持つこと自体は必ずしも悪ではないが、使い方によっては正義のための行動がダークサイドへつながることもあり、立場や見方が変われば同じ行動でも正義にも悪にも映り得る。そうした問題を描くためにナワームが必要だったという。カーラの父親であるジーマも、自分の行動は正しかったのかと悩み、一度ジェダイを辞めている。ジーマと同じように正義と力の間で揺れるナワームを通して、何がジェダイらしい行動なのか、正義とは何かを描いた。本作はナワームが変化していく過程を描いた物語でもあり、ダース・ベイダーとは異なる形でダークサイドへ近づく理由を描くために生まれたキャラクターだと語った。
カーラの誕生背景とルーカスフィルムとの制作過程
主人公カーラは、物語開始時点ですでに剣士としての強さを持ち、心も非常にピュアで、そのポジティブさが本当の強さにつながっている。神山監督は、最初の短編を書いた頃、娘が大学生になる時期を迎え、親子だからといって何でも知っているわけではないと気づいたことが、カーラや本作の親子関係に反映されていると明かした。
短編から全8話のシリーズへ発展した経緯については、Volume 1の短編を作った段階で物語を膨らませられる設定や要素があると話していたところ、アメリカでも『九人目のジェダイ』を気に入ってくれた方が多く、「もう一本短編を作りつつ、物語を長編へと膨らませてみよう」というオファーがあったという。非常にありがたいオファーだったので、何とか実現させようと思ったと振り返る。
その際、たとえ正史に含まれない作品であっても「スター・ウォーズ」として守らなければならないルールがあり、それを守った上で新しいアイデアに挑戦することは問題ないというところから始まった。また、タイトルが『九人目のジェダイ』であることから、ルーカスフィルムからは「当然、9人が集まりますよね」「その9人がどのようなキャラクターなのかも見せてほしい」というオーダーもあった。全体を合わせても映画一本分ほどの尺しかない中、それを全8話に盛り込むのは難しいことだったが、脚本開発にはルーカスフィルム側のプロデューサーも常に参加し、疑問点や認識の違いがあればその都度話し合い、ディスカッションを重ねながら作っていったという。
最後に、まだまだ物語を膨らませられそうな終わり方だったと感じたことに対し、神山監督は「僕自身も、作り終えて『すべてやり切った』という感覚ではありませんでした。そうした思いが表れたエンディングになっていると思います」と語った。



