片野坂亮監督、初アニメ「しらぬひ」公開 DVに苦しむ少年描く
片野坂亮監督、初アニメ「しらぬひ」公開 DVに苦しむ少年描く

「君の名は。」などを手がけたアニメ制作会社「コミックス・ウェーブ・フィルム」の最新作「しらぬひ」が公開中だ。家庭内暴力(DV)に苦しむ少年の孤独を描いた異色の短編(36分)で、主人公の声をタレントのあのが演じたことでも話題を呼んでいる。監督は、実写の映像作家から転じた新鋭の片野坂亮(39)。作品には、監督自身の来し方とある〝悔い〟が深く刻まれている。

平成8年の熊本を舞台にした物語

物語の舞台は平成8年の夏。主人公は、熊本の海辺の町で、酒に溺れる父(声・三木眞一郎)の暴力に耐えながら生きる10歳の少年、湊(みなと)だ。施設への入所が決まり、心の支えである弁天島の少女の神様「べんちゃん」(声・花澤香菜)との別れの時が静かに迫る。父への憎しみが募るにつれ、願いをかなえるという光「しらぬひ」に託した湊の祈りは、やがて「父の死」という〝呪い〟へと姿を変えていく。

「今の社会に必要な映画だと信じた」と片野坂監督はいう。子供への虐待や育児放棄の報道に触れるたび、「純粋に『なんでだろう』と思っていた。未来を作るのは子供たちなのに」。その問いを、ずっと胸に募らせてきた。

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大林宣彦監督の言葉とスーパーの鮮魚コーナー

福岡県出身で、実写の映像作家だった片野坂監督は、子供の頃にテレビで見たスティーブン・スピルバーグ監督の「ジョーズ」に感銘を受け、映画監督を志した。今も新作に取りかかる前は必ず1度見返すという。「僕にとっては映画の教科書。美しさも、怖さも、面白さも、その極地にある」と語る。

大学で映像を学び、客員教員だった大林宣彦監督(1938~2020年)に約60分の自作を見せた際の言葉を今も忘れない。「ここから10分削りなさい。その後、誰かがもう10分削るでしょう。そうすれば傑作になる」と優しい笑顔で「君とはいつか、映画監督として会える日が来るでしょう」といってくれたが、その日が訪れる前に大林監督は世を去った。

卒業後は、さまざまなアルバイトで食いつなぎながら映像に関わり続けた。スーパーの鮮魚コーナーは「朝一番に入って昼まで働き、昼からは撮影。そのローテーションが自分に合っていた」と5、6年続け、魚は今もさばける。やがて京都を拠点に、ブライダルの記録映像や企業のPR映像、ウェブコマーシャルなどを手がけ、実写を生業としていった。

コロナ禍でアニメ制作へ、悔いが原動力に

だが、コロナ禍で映像の仕事は一気に失われた。福岡の実家に戻り、張り詰めた糸が切れかけた頃、独学で短編アニメ「らお」を作り始めた。実写のために描いた絵コンテを、周囲から「このままアニメにした方がいい」と勧められたこともあり、アニメへの思いは以前から芽生えていた。実際に手を動かすと「自分の描いた線に命が宿る。その喜びのとりこになってしまった」と振り返る。

「らお」は全編で2分弱、正味の動画部分は1分半ほどの超短編だが、1人でこつこつと線を重ね、完成までに3年をかけた。「しらぬひ」は、その「らお」に続く2作目のアニメにして初の商業映画になる。

痛切な物語の芯は、ごく個人的な場所にあった。子供の頃、周囲に湊と似た境遇の友人がいた。「自分の思う幸せの尺度と、彼らの尺度がぶつかることがあった。心ない言葉を浴びせ、今思えば、たくさん傷つけてきたんだろうな」と語り、あのときの友の目が今もふとよみがえるという。その悔いが、この悲痛なファンタジーアニメへと突き動かした。

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「解釈がいろいろあるといい」

「作品のデリケートな性質上、〝自分ごと〟にすべきだと考えた。ロバート・デ・ニーロの演劇メソッドのように、ぐっと役に入り込みたい。湊に入り込むにはどうしようかと考えた」その結果、自身が湊と同じような年頃だった平成8年を舞台にした。「今なら『しらぬひって何』と調べればすぐ出てくる。でも当時は、迷信めいた話でも『母ちゃんがいっていた』と信じられた」と、ネットで何でも調べられる今とは違う〝余白〟のある時代だったと説明する。湊は、そんな時代の監督自身でもある。

幻想的な結末について、片野坂監督は多くを語らない。ただ「人間でいることが、時々、呪いに感じることがある」と漏らし、「昔から、鳥になって大空を飛びたい、と人はいうでしょう? ああいう解釈が、いろいろあるといい」と静かに付け加えた。

アニメ映画の監督として歩み出すのかとの問いには「どうなんでしょう? まだ1本目。この作品によって、これからもアニメを作っていいのか判断されるのだと思っています。やりたいこととやれることは別ですからね。まずは、この作品をお客さんに届けることが、目下の自分の仕事です」と語った。

「しらぬひ」は東京・新宿バルト9で公開中で、順次全国で公開される。