作家デビュー25周年を記念したエッセー集『談話室米澤』(日本経済新聞出版・1980円)が刊行された。さまざまな媒体で記してきた文章を収めた本書には、直木賞受賞作『黒牢城』や『古典部』『小市民』シリーズなどで知られる著者の素顔と、その思考と行動の軌跡がつづられている。ミステリーの仕掛けはなく、ひたすら米澤穂信という人間の内面に迫る内容だ。
収録68編に込めた過去へのまなざし
収録した68編について、著者は「今の自分なら書かない、というものはなかった。当時ほどビビッドに感じなくなっている部分はあっても、その感覚は確かに自分のもので、今も自分の中に残っている。過去の自分や思考を否定することはない」と語る。
例えば、旧古河庭園(東京都北区)を初めて訪れた際のエピソード。自身の仕事に価値を見いだせず、何もかもが泡沫的に思えてやり切れなくなったが、見事な庭園を訪れたことで、それを支えてきた歴史や人々に思いをはせた。そして「誰の仕事にも、過去からの継承という価値を持たせ得る」と悟り、明日からの仕事をやり通す気力を取り戻したという。この30代のころに抱いた葛藤はすでに乗り越えたものの、当時の思索は今も糧となっている。
好奇心を仕事にする姿勢
本書ではそうした思考が、「日本で3番目くらいにうまい」と自画自賛する手作りの麻婆豆腐、初めての印税の使い道、ややこしい「下手人」という言葉の使い方、ゲームキャラクターの不死性に至るまで、多岐にわたって巡らされていく。「好奇心は仕事」だと語る。
プロとして25年も書き続ければ、「過去に使った表現や描写パターンを組み合わせるだけで、新しい物語を形にすることはできてしまう」。だが、そのままでは書ける世界は狭まり、「いずれ作家として窒息してしまう」。だからこそ、本書について「『読者が喜ぶだろう』と計算して書くのではなく、自分自身が興味を持ったものや残しておきたい事柄を優先して文章にした気がする」と振り返る。
知ることの楽しさを伝えたい
自身の探求の記録を通し「知ることの楽しさ」が自然と伝わればと願っている。
米澤穂信(よねざわ・ほのぶ)さんは昭和53年、岐阜県生まれ。平成13年、『氷菓』でデビュー。令和3年、『黒牢城』で第12回山田風太郎賞、翌4年に第166回直木賞と第22回本格ミステリ大賞を受賞。令和7年、『小市民』シリーズで第10回吉川英治文庫賞を受賞している。