真実を知るのは読者『時計職人の娘 上・下』ケイト・モートン著、務台夏子訳<書評>評・河原潤子(ライター)
真実を知るのは読者『時計職人の娘 上・下』ケイト・モートン著、務台夏子訳<書評>評・河原潤子(ライター)

ケイト・モートン著、務台夏子訳『時計職人の娘 上・下』(東京創元社・各2750円)は、19世紀半ばのロンドンを舞台にした長編ミステリー。読者が最後に真実を知る構成が特徴だ。

あらすじと背景

母を亡くした娘は、腕の良い時計職人だった父を悪い男に騙され全てを失い、子供に「すり」をさせて稼ぐ女に引き取られた。娘は美しいすりの女性へと成長する。ある時、画家エドワード・ラドクリフは一目で娘の魅力に惹かれ、その正体を知らずに彼女をモデルに絵を描いた。作品は絶賛され、画家との出会いは娘の人生を大きく好転させるように思えた。

しかし、創作の場であったバーチウッド領主館が侵入者に襲われ、時計職人の娘とラドクリフ家のダイヤモンド「ラドクリフ・ブルー」が忽然と消えてしまう。

著者の作風と構成

著者は「リヴァトン館」で作家デビューし、「忘れられた花園」「秘密」などで知られる実力派。人々が記憶のかなたに忘れ去った出来事が、現代にふとしたきっかけでよみがえる作風で、ミステリーの要素と共に、物語の背景となる芸術や文化の綿密な描写が読者を引き付ける。

従来の推理小説のように探偵役が解決する形式ではなく、事件当時13歳で、のちに領主館を相続したエドワードの妹ルーシー。80年後には戦火を逃れ、3人の幼子を連れて領主館に疎開したジュリエット。そして150年後の現代では、ロンドンの勤務先に保管された資料を見て領主館を訪れるエロディー。多くの登場人物たちの前に現れては消える時計職人の娘とダイヤモンドの行方を最後に知るのは読者、という著者の意思が感じられる。

作品の魅力

簡単で分かりやすく手短な文章が好まれがちな昨今だが、良質な長編は長さを感じさせない。誰もが見逃すはずのないダイヤモンドは、「きれいな石」として欲のない人から人へとさりげなく渡っていく。時計職人の娘には、その行方だけでなく、何度か作品の中で変わる名前の謎もある。本当の名前が分かる場面は1カ所だけなので、お見逃しなく。