2025年度ノーベル文学賞を受賞したハンガリーの作家クラスナホルカイ・ラースローによる1985年発表のデビュー作『サタンタンゴ』(国書刊行会・2970円、早稲田みか訳)の邦訳が刊行された。秋雨の降り続く荒廃した農場に、死んだはずのカリスマが帰還するという噂が届く。彼は救世主なのか詐欺師なのか。農場の住人たちは酒浸りでその到着を待つ。
改行のない一段落で語られる特徴的な構成
7時間を超える映画の原作となった本書の特徴は、一つの章を例外として、各章が改行のない一段落で語られることにある。途切れのない描写と会話が織りなすリズムは、舞台となる社会主義体制末期の集団農場とそこに取り残された住人たちの内面に、読者を深く没入させる。
農場一年分の稼ぎを持ち逃げしようとする夫妻、土に埋めたお金が芽吹くのを待つ少女、窓越しに農場を記録し続ける医師など、ある立場から語られた内容が章を経るごとに相対化され、農場の時空間や人間関係が厚く塗り重ねられてゆく。
進み・戻り・分かれる構成が体現する時間のテーマ
二部に分かれた本書は第一部で一章から六章に進み、第二部で六章から一章に戻る構成を採る。この進み・戻り・分かれる構成が、本書の描く時間と人間のままならない関係を体現している。
住人たちは無情な時の経過によって、農場がもはや機能不全に陥っている現実を知りながら、惰性の日々を反復している。そしていつか終末とともに救世主が現れ、このどうしようもない循環を断ち切って、皆を楽園に導いてくれることを期待しているのである。
取り返しのつかない事態と語り継ぐことの意味
しかし本書において決定的な出来事は、彼らが余所見をするうちに、いつのまにか生じてしまう。遅れてその事実を知った人々は、もはや事態に取り返しがつかないことを黙って受け入れるほかない。時の流れから抜け出せない人間の姿が痛烈に描かれる。
にもかかわらず、第二部を六章から一章までたどった読者は、再び本書の冒頭へと送り返されることになるだろう。物語る行為で過去を取り返すことはできない。しかし時間に吞まれてしまったものが存在したことを、語り継ぐことはできるのである。



