「限りなく透明に近いブルー」などで知られる作家の村上龍(むらかみ・りゅう、本名・龍之助)さんが17日に死去した。74歳だった。葬儀は近親者で行われた。
芥川賞受賞から半世紀
村上さんは1952年、長崎県佐世保市生まれ。高校卒業後、米軍基地のある東京都福生市に暮らし、その体験をもとに武蔵野美術大在学中の76年、「限りなく透明に近いブルー」で群像新人文学賞を受賞、同作で芥川賞も受賞した。
同時期に芥川賞選考委員を務めた作家の高樹のぶ子さん(80)は「選考会では、正直で、思っていることを忖度なしに出す人だった。時代を敏感に感じる人たちに向かって小説を書いていたと思う。AIの登場など、急激に変化する今を、龍さんがどう捉えているか知りたかった。本当に残念」と悼んだ。
同級生らが語る素顔
自伝的小説「69 sixty nine」(1987年)は、長崎県立佐世保北高時代の実体験が基になっている。同高で1学年後輩の脚本家、演出家の河本瑞貴さん(74)は、村上さんと同じ新聞部に所属し、部長を引き継いだ。村上さんの短いフィクションを読んで「すごい文才だな」と驚いたことや、校則を巡って校長と交渉したことなどを覚えているといい、「カリスマ的な存在だった」と振り返る。「師のようなものを持たず、自分で考え、自分の道を自分で切り開いた方。よく戦われたなあ」としのんだ。
同級生で元西日本新聞論説委員長の中川茂さん(74)は、村上さんに頼まれて「半島を出よ」の取材に協力した。福岡市を主な舞台に近未来の日本を描いた作品で、地元の行政関係者や経済人らを紹介した。中川さんは「新聞記者顔負けの徹底した取材をしていた。小説のたった1行のためでも緻密に調べる姿勢を持っていた」と振り返り、「仲間を大切にする人だった。寂しく、残念な気持ちです」と語った。