トルコ文学者の宮下遼さんが、三冊の本を紹介している。一冊目はベルナール・ミニエ著、青木智美訳の『猫、そして14の不思議で恐るべき残酷な物語』(ハーパーBOOKS、1606円)。仏ポラール小説の名手ミニエの短編集で、表題作「猫」は拾い猫をきっかけに大量の猫に生活を蝕まれていく女性の日々を描く。書簡体が先の見えない恐怖を盛り立てるが、超常と思われた事件の裏に、とある悪意が潜む仕掛けの妙に舌を巻く。収録作は多彩で、ポラールというジャンルの懐深さを体現する良作が並ぶ。
残雪の短編集とワーグナー作品
二冊目は残雪著、近藤直子・鷲巣益美訳の『廊下に植えた林檎の木』(白水Uブックス、1980円)。現代中国を代表する作家残雪の短編集で、表題作の中編は奇怪きわまる暮らしを送る家族を描く。不条理と写実が一斉に挑みかかる凄まじい筆致に圧倒されるが、難解な作品と身構える必要はない。充実した解説にあるとおり、作者の目指すところはできあいの現実の解体。端正な名訳に身を任せ、作者によって解体された世界を芸術品として眺め、脳味噌を痺れさせてみるのも乙だという。
三冊目はリヒャルト・ワーグナー著、高橋康也・高橋迪・高橋宣也訳の『完訳 ニーベルングの指環』(角川文庫、1980円)。ドイツオペラの傑作で、北欧・ゲルマン神話に想を得た幻想冒険譚。筋を知らずとも楽曲を耳にしたことはあるはず。新訳は軽妙で、わけても精霊たちの語りが支配の指輪を巡る争いを生き生きと導く。オペラは上演に一週間かかる巨編だが、ワーグナーの音楽をかけ、音と文字とでジークフリートとブリュンヒルデの愛の行方を見守れば得難い読書体験になりそうだ。



