「紺碧のアビタシオン」第12回では、美貴子が新しい母ナオに心を開き、妹・富美子を可愛がる穏やかな日々が描かれる。しかし、その平穏は、関東大震災の発生によって一変する。
母の絵と感謝の気持ち
ナオは、美貴子の姿を目を細めて見守っていた。この家に来た当初の気負いは、出産を経て次第に薄れていった。ナオは実子の富美子も、前妻の子である美貴子も分け隔てなく育てた。行儀や勉強に厳しい母であることに変わりはなかったが、親になって何よりうれしかったのは、美貴子が富美子を心の底から可愛がっていることだった。
富美子が生まれる前、美貴子とナオの間には薄い紙が一枚挟まったような遠慮があったが、今ではその違和感は消え、ナオは美貴子をより愛おしく感じていた。
ある日、美貴子が学校から帰ると、自分の机の上に母の絵があった。高い棚の上に置かれたまま見上げるだけだった母の絵がそこにある。美貴子は絵を腕に抱え、階段を駆け下りた。
新しい母との絆
「なんですか、階段をそんなふうに乱暴に下りる人がいますか。行儀が悪い」といつものように小言を言われたが、美貴子は「お母様ありがとう」と言いながら母の絵を見せた。母の顔にかすかに笑みが浮かんだが、すぐにいつもの厳しい顔になった。
「お母様が見てらっしゃいますよ。さ、手を洗って。おやつを食べたら、すぐに宿題をなさい」
「はい!」
美貴子は母の腰のあたりにかじりつき、そのにおいをかいだ。ミルクの香りとお茶の香り、それにかすかにインクの香りもする。自分を生んだ母のような香水の香りはしなかったが、美貴子はそれをいい香りだと思った。
関東大震災の知らせ
穏やかな日々は続いたが、美貴子が新しい母に慣れ、妹を愛でている年の九月一日、午前十一時五十八分。日本では相模湾沖を震源とするマグニチュード七・九の大地震が東京、神奈川を襲った。昼時だったため、東京東部を中心に数多くの火災が発生。死者、行方不明者は十万人以上に及んだ。
「東京は三日三晩にわたって燃え続けたそうだ」と美貴子は父に聞かされた。けれど、「町が燃え続ける」ということを美貴子は鮮明に想像することができなかった。だって、大連の建物は石や煉瓦でできている。