佐伯一麦さん新刊『水平と垂直』、ゴッホの視線で学生と向き合う私小説
佐伯一麦新刊『水平と垂直』、ゴッホの視線で学生描く

作家の佐伯一麦さん(67)の新作『水平と垂直』(新潮社)が刊行された。大阪芸術大の客員教授として文芸創作を教える自身の経験を基にした私小説で、さまざまな背景を持つ学生と向き合う日々を通して、作家生活や人生観、芸術論が克明につづられている。

佐伯さんは、自画像を多く描き、告白文学ともいえる膨大な書簡を残した画家ゴッホに影響を受け、私小説の手法を見いだした。本作にも、自己を徹底的に見つめたゴッホの視線が映し出されている。

学生との濃密な交流を描く

自身を投影した主人公の「山路さん」は、仙台を拠点に活動する私小説作家。月に2度の割合で非常勤講師を務める大阪の芸術系大学に通い、文芸創作の指導をしている。五感を使った描写力を養うワークショップを展開し、「文学は総合芸術。絵画や音楽、写真、映画、漫画などさまざまなジャンルの影響を受けて、森羅万象への好奇心を持つことを心がけるようにしてください」などと助言する指導が印象的だ。

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教え子には、希死念慮をテーマにした卒業制作の小説を書くために1年間の留年を希望する青年や、親子関係に悩む女性ら、さまざまな背景を持つ学生が登場する。ただ、特定のモデルはおらず、これまでに出会った学生たちの総体から生まれた人物だという。

「書く」ことは自己を見つめる行為

山路さんは、授業がないときでも仙台から東北・東海道新幹線などを乗り継ぎ、半日かけて大阪の大学に向かう。文章の指導に当たりながら、個人的な悩みを聞いたり助言をしたりと、学生たちの人生と真摯に向き合っている。

「書く」ということは、自己を見つめさらけ出す行為でもある。単なる教師と学生の関係を超え、文学を究める者同士の濃密な交流が感じられる。

ゴッホから学んだ自己表現

佐伯さん自身、「学生たちとは、一緒に小説を書き合う仲間意識みたいなものがある」と語り、作中には、学生たちが授業で実際に書いた文章を数多く引用した。「彼らには表現への強い欲求がある。その表現意欲を枯らさない場を作ることが自分の役割」と強調する。

佐伯さんの文学を語る上で欠かせないのが、高校時代に訪れた展覧会で、芸術的な感動を初めて覚えたというゴッホの存在だ。ゴッホが数多く描いた自画像について「晩年は狂気すれすれの人生であったけれども、そんな自分を全て受け入れて描き、肯定する精神がゴッホにはあった」と分析する。そして、「ゴッホのように、自分は小説でもって自画像を描きたい」との思いが、私小説を紡ぐ原点となったという。

また、ゴッホが画商の弟テオらに宛てた書簡全集を座右の書とし、日々の気分に合わせて読み返すほど精神的な支柱となっている。ペンネームの「一麦」は、ゴッホが好んで描いた麦畑に由来する。「麦畑のようなありふれた風景であっても、子細に観察して描くことで芸術表現になり得ることをゴッホから学んだ」といい、本作にもその精神が貫かれている。

仙台から大阪に向かう新幹線の車窓の風景や、授業でのやり取り、学生たちとの飲み会など、日常生活の細部へのまなざしが光る。「大学の授業でやっていることが、そのまま小説の形になり得るということを身をもって提示できたかなと思う。見慣れた日常であっても、実際に観察をして、それを描くことが文学になる。そのことを学生たちに伝えたかった」と語る。

ゴッホの芸術から影響を受けた自己表現、日常の細部を見つめて描く文学は佐伯さんの原点であり、作家活動や教育姿勢に色濃く反映されている。

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