現在、ドイツでは日本文学が大きなブームを迎えている。現代作家の作品が数多く翻訳され、ドイツ市場に送り出されている。2024年には、外国語からドイツ語に翻訳された作品のうち、16.5%が日本語からの翻訳であり、日本は英米(54.7%)に次いで第2位を占めるようになった。この現象にはいくつかの理由があると、ハイデルベルク大学日本学科で教える朝・ベッティーナ・ヴーテノさんは指摘する。
ブームの背景:優れた翻訳家と出版社の戦略
一つ目の理由は、長年コツコツと翻訳の仕事を進めてきた数多くの優れた翻訳家の存在である。オットー・プッツ、ウルズラ・グレーフェ、アネリー・オルトマンス、ノラ・ビーリヒ、カティア・ブソンらのような才能ある翻訳家のおかげで、日本文学はドイツの一般読者にも評価されるようになった。
二つ目の理由は、ドイツの出版社の営業方針にある。大手のインゼル社やデュモン社の他に、カス社、エーベー社やイウディツィウム社のような小さな出版社の役割も重要である。
歴史的変遷:古典から現代の「癒し」作品へ
ドイツにおける日本文学受容の歴史を振り返ると、第二次世界大戦後はまず『枕草子』、『源氏物語』等の古典が翻訳された。1960年代には川端康成、三島由紀夫や谷崎潤一郎が紹介され(川端の1968年のノーベル賞受賞も日本文学への興味をさらに深めた)。その後、1989年から2001年の間には、インゼル社から出た『日本文庫』(イルメラ・日地谷=キルシュネライト編)が日本文芸の普及に大きく貢献した。この文庫では、特に美的価値・文学性の高いものが選ばれ、『古今和歌集』の部分翻訳以外に、森鴎外、夏目漱石、島崎藤村等、近・現代の古典と言うべきものが30冊以上もドイツの読者に提供された。
それに対し、現在広く読まれている作品は、美的特性は比較的低いものの、ストーリーが分かりやすく、癒し・慰めの力の強い、「居心地の良い」ものがメインになっている。出版社も、以前とは異なり、文学の専門家ではなく、一般読者、即ち現在の混乱した世の中における読者のニーズを対象にしていることが分かる。その意味では、日本文学は現在重要な社会的役割を果たしていると言える。それは喜ばしいことである。
研究者の願い:明治・大正文学の再評価
とはいえ、ヴーテノさんとしては、ドイツの読者が明治・大正時代の文学にも、もっと触れてくれればと思っている。このような「古い」作品も、それが伝えようとしているメッセージを見てみると、ちっとも古くない、いや、今の時代においてかえって必要な側面を有している。
平和の大切さや生命の尊厳を唱えた与謝野晶子。「あゝをとうとよ君を泣く/君死にたまふことなかれ」「親は刃をにぎらせて/人を殺せとをしへしや」(明治37年、西暦1904年)。また、「自己本位」と「個人主義」を進めていた夏目漱石や、個人、生命、教養、自己実現を大事にしていた白樺派の作家たち(有島武郎、武者小路実篤等)。そして、自分の価値観をどんなことがあっても捨てないように、自分が「正しい」と確信していることに忠実であり続けるようにと、戦争直前の昭和の難しい時期に、同時代を生きる日本人に一生懸命勇気を与えようとしていた広津和郎。「どんな事があってもめげずに、忍耐強く、執念深く、みだりに悲観もせず、楽観もせず、生き通して行く精神―それが散文精神だと思ひます」と、広津は1936年(昭和11年)10月に「人民文庫」の講演会で語った。広津の「文学者」たるものの概念は、確かにジャン=ポール・サルトルの「アンガージュ文学」に近い。
文学者の社会的役割:サルトルと広津和郎
サルトルによると、「知識人」は社会の中の動き、政治家の行動、政府の政策等を見つめ、それに反応すべきなのである。広津和郎の「文学者」の定義もそれに似ている。文学者は「人々が見て見ぬ振りをして通り過ぎてしまふものを」沈黙できないため、文学及び文学者には重要な社会的課題もあると説明している。これから日本の文学に親しもうとするドイツの読者にも、是非こうした視点を持って作品と向き合ってほしいとヴーテノさんは願っている。
差別に屈せず:金城一紀『GO』の感動
ヴーテノさんは、金城一紀の小説『GO』を読んだ時、深く感動したという。16歳の在日韓国人の主人公杉原は、日本の高校に通っており、日々いろいろな差別にさらされている。杉原は、この世の中で立身出世をしようと思うなら、知識を身につけ、他の人より優秀でなければ尊敬されないと思い、一生懸命勉強する。そして、人間の価値とは、国籍とも血筋・家柄などとも一切関係がない、という認識を得る。この本は、あらゆる偏見と差別への強い抗議でもある。



