ダライ・ラマ14世著『声なきものの声』書評 チベットの悲哀と対話の精神を説く
ダライ・ラマ14世著『声なきものの声』書評 チベットの悲哀

『声なきものの声』(産経新聞出版・2530円)は、ダライ・ラマ14世の著書で、櫻井よしこが監修し、三浦順子が翻訳を担当した。文化人類学者で静岡大教授の楊海英氏による書評。

ラサが持つはずだった役割

評者は、本来ならチベットの首都ラサはバチカンのように栄え、ダライ・ラマ法王もローマ教皇のように全世界からの信者と会い、心の交流を行う場となるはずだったと記す。その理由として、釈迦牟尼仏が創設した原始仏教の本来の姿を最も保持しているのがチベット仏教だからであると説明している。

中国の侵略と法王の亡命

しかし、1950年にチベットは中国の侵略を受け、ダライ・ラマ法王も59年にインドに亡命したことで、国家としては滅亡した。法王と行動を共にしなかったパンチェン・ラマ10世は、中国共産党にチベット政策の改善を提案したところ、文化大革命中に人糞を食わされたり、漢人女性と結婚させられて破戒を強制された。

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パンチェン・ラマ逝去後、ダライ・ラマ法王は慣例に従って次の転生者の選定に関わったが、選ばれた6歳の児童は中国によって誘拐され、世界最年少の政治犯となり、未だ行方不明である。

哲学書としての本書と法王の評価

本書は、このように中国に翻弄され続けてきたチベット民族の悲哀を淡々と回想し、現代史の本質を仏教の観点から説いているので、哲学書でもある。亡国の途上でも侵略者、加害者との対話を堅持してきたのは、並々ならぬ精神力によるものだ。

法王の声は高潔なものというより、普通の人間のごく普通の希求に過ぎない。しかし、その普通の声は悪魔には通じない。それでも諦めないからこそ、法王は「生きた仏」だと仏教徒が信仰するのも当然であろう。

チベットと南モンゴル、それにウイグルへの中国の弾圧が以前よりも巧妙になり、一向に好転しない現状でも法王は忍耐と対話による平和的解決を探っている。難点は悪魔が好意に応えないことで法王の呼びかけも「声なきものの声」のように悲劇に見える。

読者が考える解決法と法王の斬新な論点

ならば、悪魔の消滅が唯一の解決法だと読者は考えるだろうと評者は述べる。チベットの悲劇の背景には米国、インド、それに英国のような大国同士のエゴと「世界の屋根」を襲った地球環境変動の要素も見え隠れする、という法王の斬新な論点には大きな感動を覚えるとしている。

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