『キャッシュとディッシュ』(フィルムアート社、2200円)は、もうすぐ50歳になるのに貯金がない「俺」が主人公の私小説的ファンタジーだ。時給1000円で小さな工場に週5日働く「俺」の日常は、のほほんとしたユーモアに満ち、読後にはへんてこな清涼感が広がる。
不思議な白い皿との出会い
物語は、半年ごとに時給が10円昇給するたび、七つ年下の上司から「たった一〇円ぽっちとおもわれるかもしれませんが」と前置きされ、恩着せがましく説明される場面から始まる。「一日八時間で八〇円、週五日で四〇〇円、月四週で一六〇〇円、半年もすれば一〇〇〇〇円。そうかんがえたら、それなりの金額だとおもいませんか?」という具合だ。
そんな生活が、叔父が残した唯一の遺品である軽くて手ざわりのよい白い皿を手にしてから一変する。皿にたまった水を家のモノにかけると、翌朝にはモノが消え、かわりに買った当時の代金が皿の上に全額のっているのだ。不思議な力がどんな場合に働くのか、家中のモノを換金しようとする「俺」の涙ぐましい試行錯誤と一喜一憂が、なんともいじましい。
換金で変わる暮らし
買う物といえば2桁や3桁の金額の安物ばかりだった「俺」だけに、換金で暮らしが一気に豊かになるわけではない。それでも、皿の力で“ガラクタ”がたまっていた家がすっきりしていき、家の中は次第に清潔感を増してゆく。あちこちがくたびれてきた「俺」の体を除いては……。
「一円を笑う者は一円に泣く」の正反対で、1円単位のお金の動きにもこだわる本作は、低成長が続く近頃の名品である。と言いたいところだが、2020年「文学界」8月号で掲載されたものの、長い間本になっていなかった。
埋もれた名作を発掘
本書は、埋もれた名作を発掘するフィルムアート社の文芸新シリーズの一冊で、著者のデビュー作「秒速10センチの越冬」も収録する。選者には書評家の倉本さおり、芥川賞作家の滝口悠生、町屋良平の3氏が参加している。



