大連は、遼東半島の最南端にある港町で、日本の仙台に近い緯度である。寒い土地ではあるが、海が凍るほどの厳しさはない。三方を海に囲まれている自然豊かな港町でしかなかったが、ロシアが進めていた都市計画を日本が引き継ぐ形で、大量の資本を投じ、インフラ整備を続け、近代都市を作り上げていった。
近代都市・大連で生まれ育つ
美貴子が生まれる頃には、町に市電が走り、電気、ガスが供給され、下水道も整備、ほとんどの家に水洗トイレがあった。そんな町で生まれ育った美貴子は「外地の子ども」だった。内地である日本への思いもまだ育ってはいなかった。日本はまるで遠い世界のことだった。
世界が変わった瞬間
美貴子が生まれる前年には第一次世界大戦が勃発し、三歳のときには終わっていたが、それによって美貴子のまわりの穏やかな世界が変わることはなかった。世界が変わった、と美貴子に強く実感させたのは、母と妹たちの死で、大好きな父との暮らしに不満はなかったが、それまで丸く膨らんでいた風船から、突然、空気が抜けてしまったような心許なさを感じてもいた。
母の記憶と香り
どうしても心寂しくなったときには、父と母が使っていた部屋に入り、簞笥を開けた。そこにはまだ母の着物が丁寧におさめられていた。顔を近づけると、かすかに懐かしい母の香りがする。化粧台の上には、母が使っていたガラスの香水瓶がそのまま残っていた。
「美貴子ちゃんの髪の毛は黒くて本当にきれいね」そう言いながら、母の膝の上で髪をといてもらった。思い返せば、母に𠮟られた経験などなかった。美貴子がいい子、だったわけではない。母はどこまでも美貴子に甘い親だった。
香水瓶をそっと開け、鼻を近づける。やはり、母の懐かしい香りがする。父も今は仕事に行っていて留守だ。階段の下からは中国人の使用人たちの笑い声が聞こえてきた。中国語の単語はところどころわかるが、会話のペースが速すぎて、美貴子には何を言っているのかわからない。



