オランダ人の来客が、美貴子の作っている家を指差して微笑みながら「Mikiko might be an architect in the future」と告げた。父の通訳で「建築家」の意味を知るが、美貴子は具体的な像を結ばなかった。それでも「アーキテクト」という言葉は耳に強く残り、幼い胸に深く刻まれた。
「賢い」と何度も言われて
小学校に入学しても勉強に困ることはなかった。先生の教えを一度聞けばすんなり理解でき、教室や自室で勉強に集中すると、母と妹を同時に亡くした悲しみに足を引っ張られることは少なくなっていった。机の上では、母を描いた絵が見守っていた。
言葉の重みと未来への問い
石や煉瓦で家を作るという大変さも、女性が仕事を持つ苦労も、当時の美貴子には知る由もなかった。しかし、父や先生、来客から繰り返し「賢い」と言われてきた美貴子は、その日、オランダ人の奥さんの言葉をきっかけに、自身の将来について考えるようになった。
美貴子は父の腕に飛び込み、恥ずかしさを隠した。建築家という言葉はまだ実感を伴わないが、その響きは彼女の心に残り続けている。



