昭和17年4月18日、アメリカ陸軍のジェイムズ・ドーリットル率いる16機のB-25が東京、横浜、横須賀、名古屋、神戸などを爆撃した。作家の吉村昭さんは当時東京の日暮里に住んでおり、ドーリットルが搭乗した爆撃機を目撃していた。
凧揚げ中に目撃した爆撃機
この出来事は、戸髙一成さんが大和ミュージアムのホームページの「館長ノート」で紹介している。戸髙さんによると、吉村さんは半藤一利さんとの対談でこの話をした際、半藤さんに「そんなこと分かるわけ無いじゃないか」と否定されたという。
吉村さんは悔しさから、戸髙さんに「何とか私が見た飛行機に乗っていたのが誰か分からないでしょうか」と相談した。戸髙さんは軍艦研究の大先輩がまとめたドーリットル空襲の報告記録を借り、東京上空に侵入した各機の飛行ルートが記録された地図を確認した。
日暮里上空を飛んだのは一機のみ
その地図によると、吉村さんの家がある日暮里の上を飛んだのは一機のみで、それがドーリットルの機体だった。ただし、吉村さんは左から右に飛ぶ機体を見たため、見えたパイロットは副操縦士で、ドーリットルは向こう側に座っていたとみられる。
戸髙さんはこの調査結果を吉村さんに送り、大喜びの電話を受けたという。このエピソードは、戦史研究家の大木毅さんの著書『ミッドウェイ海戦』(文春新書)で紹介されている。



