中東の親日国として知られるサウジアラビアで、今「日本離れ」が静かに進行している。拓殖大学海外事情研究所准教授の野村明史氏は、日本が強みを持つ自動車やアニメの分野で中国企業が相次ぎ進出し、フードデリバリーやアパレルでも存在感を強めている現状を指摘する。「親日国だからと油断できない事態になっている」と警鐘を鳴らす。
中国との貿易額が対日比3倍に拡大
2024年、サウジアラビアと中国の貿易額は約1020億ドル(約16兆5000億円、1ドル161.64円換算)に達し、対日貿易額の約3倍となった。サウジ経済を支える原油輸出でも中国が最大の相手国だ。中国は、ビジョン2030の核となる「NEOM計画」での建設や再生可能エネルギー製造の大型案件を次々に受注している。
さらに、2024年8月にはサウジの政府系ファンド「パブリック・インベストメント・ファンド(PIF)」が中国の国有大手銀行6行と総額500億ドル(約8兆円)相当の資本契約を締結。同年11月には中国財政部がリヤドで20億ドル(3230億円)規模の米ドル建て国債を発行した。中国がリヤドで国債を発行するのは初めてで、サウジ市場に国際的な発行案件を呼び込む実績となる。
街中で見かける中国車、渋滞に広がる中国デリバリー
大型プロジェクトだけでなく、サウジ国民の日常生活にも中国の影響が浸透している。2022年11月、コロナ禍終息後にサウジを訪れた野村氏は、車道にこれまであまり見かけなかった中国自動車企業「長城汽車」の車が走っているのに驚いた。長城汽車は2022年7月からオフロードSUV「Tank 300」の販売を開始し、サウジ市場に本格参入した。
また、リヤドの深刻な渋滞を背景に、中国系フードデリバリーサービス「餓了麼(ELE.me)」や「美団(Meituan)」が急速に普及。現地の若者を中心に利用が拡大している。アパレル分野でも、SHEINなど中国発のファストファッションブランドが低価格を武器にシェアを伸ばしている。
人材育成にまで及ぶ中国の布石
中国の影響力は経済分野にとどまらない。サウジ国内では、中国語教育の需要が高まり、中国への留学を支援するプログラムも増加。中国企業は現地の技術者育成にも積極的で、NEOM計画に関連する訓練施設を設置するなど、長期的な人材確保を狙っている。
日本の牙城アニメにも忍び寄る中国
サウジのムハンマド皇太子は大の親日家として知られ、子供の頃からアニメやゲームに親しんできた。2011年には若者の教育や創造性推進を目的に「MiSK」財団を設立し、子会社マンガプロダクションズを立ち上げた。マンガプロダクションズは東映アニメーションと協力し、古代アラビア半島を舞台にした長編アニメ映画『ジャーニー 太古アラビア半島での奇跡と戦いの物語』を制作、2021年に日本各地で上映された。また、サウジの文化を伝える子供向けアニメ『アサティール』は第1期が2020年に日本のケーブルテレビJ:COMで放送され、続編『アサティール2』が2024年秋からテレビ東京系列で放送されている。
しかし、アニメ分野でも中国の存在感が増している。中国の動画配信プラットフォーム「Bilibili」や「iQIYI」がサウジ市場に参入し、日本のアニメ作品の配信権を獲得する一方、中国国産アニメの輸出も拡大。さらに、中国資本がサウジのアニメ制作会社に出資する動きも出ている。
ソフトパワーで問われる日本の岐路
野村氏は「日本は親日国だからと安心せず、経済・文化両面での戦略的な働きかけが必要」と指摘する。サウジではビジョン2030の一環として首都リヤド郊外に世界最大級のエンターテインメント都市「キディヤ」計画が進行中で、東映アニメーション協力による世界初の『ドラゴンボール』テーマパークも建設予定だが、中国企業も同計画への参加を強めている。日本のソフトパワーを維持するには、官民連携による持続的な投資と文化発信が急務となっている。



