【京の新社長】鶴屋吉信、8代目稲田啓太郎氏が京菓子の未来を語る
鶴屋吉信8代目社長・稲田啓太郎氏、京菓子の未来語る

220年以上続く京菓子の老舗「鶴屋吉信」で、8代目社長に7月から就任した稲田啓太郎氏(年齢非公表)が、伝統を守りつつ近代経営の手法を取り入れ、京菓子のリーディングカンパニーを目指す姿勢を示している。

祖母の死が家業継承の決断を後押し

稲田氏は7代目社長・慎一郎氏(64、現会長)の長男だが、「父から後を継ぐように言われたことは一度もない」と明かす。大学卒業後はカナダに留学し、英語力に磨きをかけていたところ、6代目の祖母・和子さんの悲報が家業を継ぐ決断を後押しした。

子どもの頃、自宅に帰れば常にテーブルの上には和菓子があった。自社の商品に触れさせるための祖母の「さりげない工夫」だったと思われ、「大切に育ててくれた恩返しをしたい」と覚悟を決めたという。

近代経営とのギャップに直面

帰国後、洋菓子メーカーのヨックモック(東京)で約3年間働いた。2018年に自社へ転じ、完成したばかりの工場「鶴屋吉信FACTORY」(亀岡市)で製造・生産管理に携わった。そこで直面したのは、修業先で学んだ近代経営とのギャップだった。

商品を継続的に販売するには、製造にかかった費用である「原価」を売り上げから差し引き、利益がどれだけ確保できているかを考える必要がある。赤字であれば、商品ラインアップから外すことも検討しなければならない。しかし、当時は採算にとらわれず、作りたい菓子にこだわる職人ら製造現場と経営陣の間に考え方のずれが生じていた。

東京、京都の計6か所に分散していた工場を集約した結果、製造ルールが統一されていなかったことも判明。「いろいろ整理するのに2、3年はかかった。多品種の商品構成も大幅に見直した」と振り返る。

社内改革と新たな目標

取締役に昇格した際には、社内の呼称を役職から「さん付け」に変更し、コミュニケーションの円滑化を図った。トップに就任後、1年間の売上目標などをまとめた計画書を作成し、社員約350人に直接説明する機会を設けた。

社員から「啓太郎さん」と呼ばれる8代目が目指すのは「京菓子のリーディングカンパニー」だ。その夢に向け全員で一歩ずつ前に進む。(向野晋)

企業メモ

江戸時代の享和3年(1803年)、西陣で初代鶴屋伊兵衛が創業。柚子が香る餅菓子「柚餅(ゆうもち)」、小倉羹とそぼろあんを渦巻き状に巻いた「京観世」、焼き菓子「つばらつばら」などが有名。上京区にある本店入り口の木額「柚餅」は、最後の文人画家と呼ばれる富岡鉄斎の筆による。