尻餅をついたままの倫太郎の耳に、再び町の喧騒が戻ってきた。雄馬が笠を引き下げ、天を仰ぐ。
「さあ、坂上さま」
差し出された時蔵の手を取り、倫太郎は立ち上がると、袴の土を払い落とした。
「やられましたか?」
倫太郎は、はっとして、懐を探る。財布がない。
「先ほどの騒ぎの中、兄が盗っていたのでしょうねえ」
げっ。だとしたら、あの兄妹は騙りか。
「左様でございますな」
時蔵が穏やかに応えた。おれは穏やかではおられんぞ。あの銭は当座の暮らしのためのものであったのだ。文無しでは飯が食えない。
江戸の暗雲:米価高騰とコロリ蔓延
「気づいただろう? 賑わいや華やかさばかりではない。これから政がどうなるのか、江戸がどうなるのか、先行きが見えぬのが、町のあちこちに見て取れる。三年前から上がり始めた米はまったく値を戻す気配はない。そうしたところにコロリまでが蔓延した。働き手を失った家もたくさんある。先日は徒党を組んだ者たちが米問屋に乗り込んだ」
「打ちこわしか?」
倫太郎が訊ねると、
「いや、乱暴は働いていない。双方話し合いの上、安値で売り出した」
雄馬が応えた。



