「アートシンキング」への懸念 右脳左脳神話とART版フリーライドの危険性
「アートシンキング」への懸念 右脳左脳神話とART版フリーライドの危険性

東京国立博物館参与の阪田徹氏は、日本の文化・芸術の議論や政策において、西洋の手法への表面的な「ART版フリーライド」が強調・推進されるケースが多いと指摘する。「宗教や歴史が異なる国家」という前提が変われば結果も変わるため、ART版フリーライドは本質的な原因や課題を軽視・無視する危険な考え方だと述べている。

右脳左脳神話の危険性

阪田氏は、「右脳は感性・創造性」「左脳は知性・論理」という「右脳左脳神話」が、二項対立的な誤った考え方であり、根拠なき疑似科学としてOECDも警鐘を鳴らすと説明する。その道義的な問題点として、①科学的根拠に欠けること、②個々人の性質や能力に当てはめて誤った単純化を行うこと、③知性か感性かの一方を尊重すると他方を軽視しがちになること、④脳という科学的イメージの強い言葉を使い反論しにくい構造を持つこと、⑤明確なエビデンスのない事柄に対して思考停止状態に導きやすいこと、を挙げる。

また、「右脳≒感性・創造性」というステレオタイプな偏見がもたらすネガティブな作用は「ステレオタイプ脅威」と呼ばれ、学習効果を著しく落とすことが科学的にわかっていると述べている。

Pickt横長バナー — Telegram用の共同買い物リストアプリ

アートシンキングへの懸念

阪田氏は、右脳左脳神話と同様に「アートシンキング(アート思考)」を懸念する。その問題点として、①「アート≒感性、創造性」という偏ったイメージが強調されステレオタイプ脅威が生じやすいこと、②アートという言葉は専門家でないと反論しにくい構造があること、③「純粋芸術」「応用芸術」「大衆芸術」が混同されていること、④ピカソやモネ作品のような純粋芸術の創造性が思い付きや主観によるものと誤解されていること、⑤純粋芸術の創造性はビジネスや異分野に応用しにくいこと、⑥アートに明るくない企業人や行政人を主な目標にした商業展開をしていること、⑦当のアーティスト自身がアートシンキング的な発想・制作をしていないケースが多いこと、⑧論理の飛躍が目立ち願望か理論か判然としないこと、⑨内実は「アート用語の連想ゲーム×自己啓発×マインドセット」に近いこと、⑩そのようなイメージや考え方こそがARTだという誤解自体がARTへのさらなる偏見を助長していること、を挙げる。

免罪符化するART

VUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)の時代に、「アーティストのように考えれば0から1で画期的なものが生まれる」という主張には論理の飛躍があるとともに、ARTへの認識も軽薄だと阪田氏は指摘する。「ロジカルに考えても限界を感じたので、アートの力で突破する」という考え方は、経営陣が社内や株主に対してARTを現代の「免罪符」にしているようだという。ブランドの入り口をアートにしても、途中から既存のコンサル的手法に移行していく流れは、単なる焼き直し策に見えると述べる。

阪田氏は、アートシンキングが、①日本の「ARTS(学術・教養)なきART(文化・芸術)」の社会環境を土台に、②右脳左脳神話とアートを組み合わせ、③アートに疎い産官学を主対象とすることで、④アートに関する社会・市民の偏見や誤解を一層広めてしまうと懸念している。

Pickt記事後バナー — 家族イラスト付きの共同買い物リストアプリ