あべのハルカスの建設は、極めて難度の高い条件の工事でした。百貨店、オフィス、ホテル、美術館、展望台といった複数の機能を垂直に積み重ね、さらに鉄道ターミナルと直結するという、前例のないプロジェクトでした。
「ここまでやるなら日本一を目指そう」という決断
近鉄は、この変化を単なる幸運として見送りませんでした。「ここまでやるなら、日本一を目指そう」。設計、工法、工期、コスト、安全対策、すべてがもう一段高い次元で組み直されました。その結果が高さ300メートルの日本一のビルでした。それはまちの象徴となる責任を背負う数字と言えるでしょう。
工事現場の緊張感と期待
工事期間中、現場には常に「この工程が遅れれば、全体が止まる」という緊張感が張り詰めていました。しかし、社員の間には「これは間違いなく歴史に残る仕事になる」という期待もありました。元近鉄広報マンの福原稔浩氏は、著書『近鉄学 -元名物広報マンが解き明かす、日本最大私鉄の強さの秘密-』(ワニブックス【PLUS】新書)でこのプロジェクトの舞台裏を詳述しています。
完成と反響
2014年、あべのハルカスは完成します。当時、日本一の高さを誇る超高層ビルは完成直後から反響が大きく、「あべの」という地名は一気に全国区となりました。この建物の話題性を象徴する出来事が、当時の内閣総理大臣安倍晋三氏による公式訪問です。国家のトップが現地に立ち、建築を見上げ、説明を受け、メディアの前で言葉を発する。それは、このプロジェクトが「国の内外に示すべき存在」になったことを意味していました。
広報担当者の視点
福原氏はその場でマスコミ対応を担当しました。「一言一句が記録され、切り取られ、拡散される。誇張も、曖昧さも許されない緊張は相当なものでしたが、国民の視線が注がれる舞台で社会に近鉄の偉業を伝えることができたのは、広報冥利に尽きる経験でした」と振り返ります。あべのハルカスは、近鉄の「やると決めたら貫く」覚悟を体現するプロジェクトであり、大阪・阿倍野のランドマークとして今も多くの人々に親しまれています。



