生成AIのアカウントを全社員に付与したのに、思ったほど使われていない――。グループウエアに生成AIが標準搭載され「AIを使える環境」は整った。しかし、一部の社員しかAIを使わず、投資が成果に結び付かないまま止まっている企業が少なくない。
どうすれば、社員が日常的にAIを使うようになるのか。そのヒントが、創業108年のみそメーカー、ハナマルキ(長野県飯田市)の取り組みにある。同社は、全社員約290人に米Googleの生成AI「Gemini」を開放し、利用率(ログイン率)を86%まで高めて維持している。
70代の会長もAI勉強会に参加
70代の会長がAI勉強会に参加したり、現場担当者がアプリ開発ツール「Google Apps Script」(GAS)を使ってレシピ検索ツールを開発したりと、社内には「AIを使おう」という機運が満ちている。
同社のAI導入・定着の道のりは、長くも着実なものだった。取り組み初期には、AIへの個人情報・社内情報の入力を行うほど慎重を期していた。そこからどのようにして、AI活用を成功させたのか。情報システム部の担当者が、取り組みの裏側を明かした。
「情報入力は禁止」から逆転、Gemini利用率86%を達成した「3つの工夫」
ハナマルキの情報システム部長の藤木真一氏は、同社の取り組みを「3つのK」として整理する。規定(Kitei)、共有(Kyoyu)、教育(Kyoiku)の3つだ。
最初に着手したのが「規定」だった。2024年1月、生成AI全般を対象とする活用ガイドラインを制定。慎重を期して「個人情報も社内情報も入力禁止」というルールを設定した。
生成AIブームの早い時期から取り組んだ背景には、他社の取り組みがあった。食品・飲料業界の競合他社が、広告制作などで既に生成AIを使い始めていたのだ。
25ライセンスからスタート、「社内の空気が変わった」タイミングとは
ハナマルキは生成AIに対して、書類作成や要約に加え、システム開発への活用も期待した。同社が利用していたグループウエア「Google Workspace」に、Geminiのオプションが登場したことを受けて、Geminiの導入を決めた。
ただし、全社に一斉に配ることはしなかった。まず用意したのは25ライセンス。経営層と、手挙げした11人に付与した。11人は「AIサポーター」として、Geminiをどう使うかを情報システム部と一緒に検討する有志で、各部署からバランスよく集まったという。
「ライセンスを配って終わりにせず、誰がどうやって現場に広げていくかという設計をどれだけ丁寧にできるかが、定着の分かれ目だと考えていた」と藤木氏は語る。
現場担当者がGASでレシピ検索ツールを開発
ここで2つ目のKである「共有」が動き始める。AIサポーターは定期的な集まり合わせに加え、チャットツールで活用事例や使い方のコツを投稿し合った。初歩的な質問も飛び交ったという。こうして、AIの全社展開に向けて下準備を整えていった。
効いたのが、経営層の動きだった。一般社員に先駆けて自らGeminiを使い始め、社長からは「せっかく使える環境があるのだから積極的に活用していこう」という発信があった。トップが実践する姿を見せたことで、社内の空気は大きく変わったと藤木氏は振り返る。
2025年1月、Google WorkspaceにGeminiが標準搭載されたため、全社員にGeminiを開放した。同時に規定を見直し、社内で使えるAIをGeminiのみに限定。著作権などリスク管理の項目も織り込むなど、活用の促進とリスク対策を並行して進めた。
また、多数のマニュアルを作って「Geminiなら会社の情報を入れていい」と明確に伝えた。法人版のGeminiは入力内容がAIの学習に使われないため、当初の全面禁止から方針を切り替えられた。
70代の会長も動いた「AI勉強会」の中身
3つ目のKが「教育」だ。2025年冬〜2026年春にかけて、勉強会を4回開催した。約290人いる従業員のうち、毎回100人程度が参加したという。70代の会長も会場に足を運び、積極的にAIを学んだ。
教育で強調したのは、使い方だけではない。AIが真実のような誤情報を出力する「ハルシネーション」を起こし得ること、AI任せにせず出力内容を自分で確認すべきこと、AIに依存し過ぎないことなどを繰り返し指導した。
勉強会の開催に当たっては「Google Cloud」のパートナー企業である電算システム(岐阜県岐阜市)の支援を活用。一方向の指導ではなく「講師を育てる研修」を受けて、社内に知見をためた。
ログイン率は「33%→86%」に向上し、「年間2万時間の削減」も見込む。



