わずか48センチのボディが、静かに車輪を走らせる。アームの先端にある5本指が、カートの上の小さなバンドエイド(絆創膏)を器用につまみ上げ、待つ人の手元へと正確に運ぶ。
見事な作業を披露したのは、接客AIプラットフォームを手掛けるスタートアップ・ZEALS(ジールス、東京都目黒区)が発表したコンパクトヒューマノイド「D1」だ。
2足歩行の形態をいさぎよく諦め、移動は確実な車輪構造を選択。繊細さが求められる「手」には量産に優れる中国製パーツを採用した。
「純国産」にこだわらず、あえて「安全性重視の遅い動き」と「海外産」を選び取ったD1。ヒューマノイドロボットの市場の平均相場は「1台1000万円」程度のところを、D1はその半額の「500万円」で販売する。
人が担ってきた業務を「AI×ロボティクス」で解決
ZEALSは2014年に創業し、2025年11月にロボット事業を推進する専門組織「Omakase Robotics」を発足させた。コミュニケーションロボットの技術開発や音声AIエージェント「Omakase.ai」をロボットに組み込み、実空間でのAI接客体験の創出を目指している。
少子高齢化が進む日本では、さまざまな業界で人手不足が深刻化している。その一方で、質の高いサービスを「当たり前」とする風潮もあり、接客側が求める要求水準は高い。人間に代わって、これらを担うことが期待されているのがロボットだ。D1は受付、案内、見回り、物品運搬、運搬、配膳補助など、人が担ってきた業務の一部について、AIとロボティクスを組み合わせることで、新たな解決策を提示しようとしている。
ZEALSの瀬戸正大社長は「日本には人手不足や複雑な業務オペレーション、限られた室内空間など、ロボットが実用化されるための課題と条件が全て凝縮されています」と語る。
なぜ「相場の半額」にできた? 瀬戸社長の「割り切り」
D1の高さは129.3センチ、狭い日本の施設環境を考えて幅は48センチ、重さは110キロにした。開発過程では2足歩行も検討したものの、最終的に車輪構造を選択した。瀬戸社長は「2足歩行の姿勢制御に莫大なデータ収集コストや計算資源を割くのではなく、手を用いた作業データの収集にリソースを集中させるためです。これによってデータ収集と学習の効率を大幅に引き上げられます」と説明する。
ロボット内部に組み込まれたコンピュータの演算能力を上半身の稼働に集中して使うことで、手の動きなどの精度を高める狙いがある。
さらに「導入を想定している病院や介護施設、工場といった多様な人が行き交う現場において、転倒リスクを物理的に排除できる」点も大きい。2足歩行の試作段階では、ふとした段差によろめいたり、転びそうになったりする瞬間があったそうだ。
最終目標は「純国産」 まずは「海外産」にした理由
D1は全ての部品を日本産で構成する「純国産」ではなく「海外産」から始めることを選択した。例えば、腕周りの可搬重量が5キロとなる5本指の把持アームには、中国製を採用している。中国には200社を超えるロボットハンドを作るメーカーが存在しており、その中から最も優れた部品を選んだ。
「現状は日本、中国、米国の3カ国のパーツがメインになっています。現在の時点で、純国産にこだわると、開発期間が延び、価格が高騰して人型ロボットの現場導入のスピードが遅れてしまいます。結果として人手不足の解決も遅れます。まずは世界水準の部品を使って早く実機を作り、現場運用を通じて蓄積したデータやノウハウをもとに『フィジカルAI』を実装することが先決です。もちろん、今後は国産ハンドの開発にもチャレンジしていくので、楽しみにしていてください」
こちらも社会実装を最優先に考えた現実的な選択だ。
D1は全ての部品を日本産で構成する「純国産」ではなく「海外産」から始めることを選択した(提供画像)
ロボットの動きが「ゆっくり」なワケ 速度より重きを置くもの
日本はいろいろな面で「課題先進国」と言われている。見方を変えれば、ロボットの「ユースケース(活用事例)先進国」になり得る市場だと、ZEALSは捉えている。もし同社が現場でのユースケースで世界の先頭を走ることができれば、実際の導入段階で、日本のみならず、米国、中国、さらには世界市場で先行者利益を狙えるビジネス展開が可能となるからだ。
アニメ・漫画の影響もあり、日本で人型ロボットはなじみ深い。「中国や米国は、技術開発や投資の規模で世界を一歩リードしていますが、例えば医療現場でのユースケースはまだあまり多くありません。現場で日常的に稼働し、ロボットが人と一緒に働いて役に立っている事例は世界的に見ても少ないのが現状です。だからこそ、切実な現場ニーズと課題を抱える日本こそが、ユースケース先進国になれるはずです」
どのような現場で、どの業務を任せ、導入後にどう運用・改善していくかというノウハウは、世界でもまだ確立されていない。つまり社会実装を果たすためにどんなデータが必要なのかすら、多くの国が理解できていないのだ。
記者発表でのデモンストレーションでは、医療現場を想定した作業を披露した。カートの上に置かれたバンドエイドの箱を指でつまんでトレイに置き、そのトレイを持ち上げて運んで人に手渡すという一連の動作だ。
正直に言えば、人によっては動きが遅いと感じ、ややイライラするかもしれない。これについて瀬戸社長は「技術的にはもっと速く動かせますが、安全性を配慮した結果です」と説明する。敢えて動きのためのユースケースの収集スピードが一定程度、中断することは覚悟の上で、安全性を重視した結果なのだ。
「スタートアップの人間として、米中の開発スピードとの対比では、もどかしさを感じるのも事実です。しかし、安全性を無視したスピード重視の開発はしません。社会実装が本格化しないうちに万が一でも事故が起これば、ヒューマノイド全体の信頼が落ち、導入が大きく遅れるからです」
安全性を厳密にして、事故が発生した場合のリスクの大きさを認識している。
医療・保険・リース・商社 「導入の壁」を打破する4領域アライアンス
ヒューマノイドを実際の働き手として定着させるには、現場ごとに異なる空間や業務に適応し、導入後もデータ収集、学習、評価、改善を回し続ける必要がある。搭載するAIは事前学習モデルではなく、導入現場で自己学習を重ねて進化する事後学習モデル(米国のオープンモデル)を採用した。
ただし、あらゆる業界で万能に動く汎用ロボットを一から作るのは、技術的にまだ時期尚早と、同社は判断している。D1を多様な業界へ一斉に展開するのではなく、明確な課題と継続的なニーズが存在するピンポイントな業務から社会実装を進める方針だ。
まずは1つの現場、1つの業務を確実にこなせるようにするためのデータ収集に注力し、安定稼働を確立した上で、そこで得た学習データや運用ノウハウを、別の現場へ段階的に横展開していく。
そのために同社は「医療」「保険」「リース」「デプロイメント」(導入支援)という4領域に絞って提携戦略を推進している。「医療」分野では、医療機関の経営支援やホスピス事業などを展開するシーユーシー(CUC、東京都港区)、絹宗グループ(東京都港区)らとパートナーシップを結び、 ロビー・受付エリアでの案内、院内・施設内における定期巡回、配膳確認や物品運搬など、把持を活用した業務データの収集・検証を実施する。
「保険」分野では三井住友海上火災保険と提携。ロボット本体やセンサー、アクチュエータといった物的損害への補償をはじめ、第三者への身体・財物損害に対する賠償責任補償、さらにカメラ・マイクなど通じて取得される映像・音声の情報漏えいリスクに対する補償など、多角的な検証を進める。
「リース」分野ではJA三井リースやみずほリースなどと提携し、購入以外の選択肢によるビジネス展開の可能性を探る。金額は1台500万円。購入後にはOS・サポート費用が月20万円〜発生する。初期投資や資金負担を軽減するリースの仕組みを整えることで、顧客側の導入ハードルを大幅に下げられる。
「デプロイメント」分野では、GMO AI & ロボティクス商事などと共に、D1に適した導入先の開拓や導入計画の策定、導入支援を推進していく。現場で起こり得るリスクやハードルをあらかじめ想定した提携戦略には、他のロボット開発企業には見られないしたたかさを感じる。
目指すは「ヒューマノイドのトヨタ」 課題先進国・日本から狙う世界の頂点
瀬戸社長は、記者会見の場で「ヒューマノイドのトヨタを目指す」と語った。日本、米国、中国を自ら飛び回り、スピードと安全性のバランス、そしてコストと性能のバランスの見極める瀬戸社長の経営手法は優れていると感じる。なぜなら「いい意味での割り切り」ができているからだ。
社会実装を進め、日本が抱える課題を早く解決したい――。その執念とドライな割り切りこそが、最終的に「純国産ロボット」の量産を実現し、日本を「ロボット社会実装の先進国」へと押し上げる原動力となるはずだ。



