南海電鉄は「ラピート」の後継となる次期空港特急(なにわ筋線直通)の導入を決定し、デザインパートナーとしてイタリアのピニンファリーナと共創すると発表した。ピニンファリーナは海外で鉄道車両を手がけたことはあるが、日本の鉄道車両は初の取り組みとなる。1970年代のスーパーカーブームを知る人には、フェラーリのデザインで知られる。
ピニンファリーナのデザイン思想とは
ピニンファリーナの創業者、ジョヴァンニ・バッティスタ・ファリーナは1893年にイタリア・トリノで生まれ、11歳の頃から兄の経営する自動車工場で働き始めた。「ピニン」はイタリアの方言で「小さい」を意味し、ジョバンニの幼少期の愛称だった。彼はこの愛称を気に入っていて、1930年に自分の工場を立ち上げた際、「ピニン・ファリーナ」と名づけた。後に「ピニンファリーナ」と1語になっている。
ジョヴァンニ・バッティスタ・ファリーナは、幼少期の愛称「ピニン」と苗字を組み合わせたこの会社名を法的にも正式な苗字にしようと国に申請した。それを受けたイタリア政府はこの新しい苗字を承認し、1961年、唯一無二の『ピニンファリーナ家』が誕生した。その3代目が、当代当主のパオロ・ピニンファリーナである。
機能美を追求するデザイン
日本のスーパーカーブームで代表的なフェラーリ「512BB」を手がけたレオナルド・フィオラヴァンティ氏は、次のように語っている。「デザインとは、まず「機能」から生まれます。たとえばドアなら開いて閉じる、ということですね。そして機能は現実となるとき、「形状」として表面化します。開いて閉じるという機能がドアという形状で表面化するわけです。その形状を自分なりの「スタイル」で表現するわけです。つまりデザインにおいてスタイル(表現)というのは本当に最後のパートで、それ以前にまず機能があるのです。この順番を間違うことなく、勇気を持って、表面化した機能に忠実に従いながらスタイルすなわちデザイン要素を選んでいくのです。これが、私がピニンファリーナに入って見つけた美しさの方程式です」。
フェラーリ「ディーノ 206 コンペティツィオーネ」、ランチア「ベータ・モンテカルロ」を手がけたパオロ・マルティン氏は「私はいつも「なにに使われるか」「どんな方法で作るか」「いつどこで作るか」という3つの問い掛けをします。この習慣はデザインの良し悪しを見抜くために役立ちます。ダメなデザインは、たいして役に立たないのに製造は大変で、そのくせ印象だけは強いものですからね。人は、なにかしら道具を使うことで人生をより豊かにしてきました。ですから道具は使う目的が明確であるほうがいいし、デザインは道具の目的を表しているべきです」と語る。
「派手さに逃げない」エレガントなデザイン
フェラーリ「F90」、アルファ・ロメオ「164」を手がけたエンリコ・フミア氏は「ピニンファリーナは私にとって、デザインの学校でした。教えられたのは「誇張し過ぎないこと」です。イタリアンデザインのスピリットは、まず人と違うデザインをすることです。好き嫌いはそれぞれあるでしょう。しかし他人と同じものを作ろうとは思いません。ピニンファリーナは、派手さに逃げることなく、基本のフォルムを大切にし、どのカロッツェリアよりも落ち着いたデザインをするのです。それがピニンファリーナのデザインだと教えられたのです」と語る。
日産自動車で「GT-R」や「ジューク」などをデザインした中村史郎氏は、ピニンファリーナの「エレガント」について「面とか線の表情とか。簡単な話をすると、人間の体のラインから感じるものとまったく同じです。もちろんエレガントなほうが必ずしもいいわけではなくて、グラマラスで魅力的、というのもある。クルマって、結局、僕らは自然界にあるものと比較して見ている。たとえば富士山とマッターホルンと比べたら、どっちがエレガントってわかりますよね。稜線のカーブが徐々に変化して、裾野が長いじゃないですか。アルプスの山なんて険しくてギザギザです。富士山みたいに、あそこまで裾野がなだらかに広がっている山はない。ピニンファリーナがいちばん、不文律と言うか、掟みたいなものが確立されていて、この範囲から出たらピニンファリーナのバッジをつけちゃダメ、というものをものすごく感じます」と説明する。
南海電鉄が発表した報道資料に、「卓越したイタリアンデザインの象徴として世界的に認知されているピニンファリーナ社のエンブレムを車両に掲出する予定です」とある。中村氏の話から察するに、「ピニンファリーナのバッジ」が示す意味は非常に重い。それは、南海電鉄にとってピニンファリーナへの全面的な信頼の象徴であり、ピニンファリーナにとって「絶対に信念を曲げず、最高に良い鉄道車両を創る」という決意でもある。
新車両のデザインと非常口の行方
ピニンファリーナは奇抜さより機能美を追求する。その象徴は自社保有の風洞実験室にある。1972年に完成した、イタリア国内初という本格的実験室で、フェラーリの機能と美しさを引き出すことに貢献した。実験対象はスーパーカーだけでなく、トラック、小型船舶、飛行機、自転車、競技用ヘルメットなど、多岐にわたる。当然、南海電鉄の新しい特急車両も、デザイン模型の状態で風洞実験にかけられるのではないか。きっと美しい流線型になるだろう。
筆者が気になる点として、「ピニンファリーナは先頭車の非常口をどのようにデザイン処理するか」を挙げる。調べてみると、新しい特急車両の先頭部に非常口は不要かもしれない。かつては車両火災時の避難路を確保するため、長大な地下トンネルを通過する車両は前後に貫通口が必要という決まりがあった。これは先頭車も同じだったから、運転席側にも貫通口が設置されていた。車両間の貫通口は貫通路として乗客の移動に使われる。先頭車の貫通口は非常口として使用され、裏側にハシゴが設置されている。
しかし、1998年3月に「普通鉄道構造規則」が改正され、「建築限界と車両限界の基礎限界との間隔が側部において400mm未満の区間を走行する車両」または「サードレール式の電車区間を運転する車両」を除き、列車の最前部または最後部の貫通口の設置義務が緩和された。その象徴となった車両が、JR東日本のE217系である。横須賀線・総武快速線の車両として品川~錦糸町間の地下区間を走行するため、6次車までは先頭部に貫通口があった。1998年度後半から増備された7次車以降、貫通口はなくなったが、デザインとしては残った。
関空特急「はるか」に使われているJR西日本の特急車両271系は、前面に貫通口がある。これは梅田貨物線の地下トンネルを通過するためと考えられる。ただし、梅田貨物線は特急「くろしお」も乗り入れており、使用車両のうち283系「オーシャンアロー」に非貫通タイプの先頭車もある。ならば梅田貨物線も、建築限界と車両限界の間が400mm以上あると考えられる。
梅田貨物線の複線トンネル断面は11.5~12mとされる。なにわ筋線の複線トンネル断面は11mといわれているが、実際の建築限界・車両限界や車両側の条件を確認する必要があり、現時点では「オーシャンアロー」などの車両がなにわ筋線を走行できるかの判断はできない。
報道の中に、「現在の南海電鉄『ラピート』が一部区間でなにわ筋線を通行できないため新型車両を開発する」という趣旨の記事があった。これが本当なら残念に思うが、「ラピート」の車両は1994年製で、製造から32年も経過している。新車への置換えは、経年(老朽化)も理由のひとつと考えられる。
先頭車両の貫通口の有無と、ピニンファリーナのデザイン処理が興味深い。貫通口が必要だとして、機能美を優先するピニンファリーナはどのように「エレガント」な処理をするか。貫通口がなければ、ピニンファリーナは制約なしの先頭車デザインをどんな形で「エレガント」に仕上げるか。制約といえば、日本の軽自動車に制約がある中で、ピニンファリーナはホンダ「ビート」のデザインに関わったという。しかしピニンファリーナのバッジはなかった。ピニンファリーナのバッジが与えられる電車の誕生を筆者も楽しみにしている。



