パラグアイの上院議員がフランスのサッカー選手キリアン・エムバペに対して「文字も書けない」「チンパンジー」などと人種差別的な侮辱を浴びせた問題で、フランス国内ではマクロン大統領や国連までもが激しく非難する事態となっている。日本から見れば、一人の選手に対する差別行為が国家的な反発を呼ぶのは驚きかもしれない。しかし、フランスに住む筆者の目には、この「満場一致で差別反対」の姿勢は当然の成り行きと映る。そこには「人種差別」と「サッカー」、そして「エムバペ選手」それぞれに至る深い文脈が存在するからだ。
フランスにおける人種差別の法的位置づけ
フランスは国是として「自由・平等・友愛」を掲げ、憲法第1条で人種の平等を宣言している。人種差別は刑法第225-1条で明確に刑罰の対象とされ、出自や容姿に基づく差別も例外ではない。実社会では残念ながら差別的な言動が依然として見られるものの、公的な場で発覚した場合には厳格に対処される。コロナ禍ではアジア系住民への差別が悪化したことを受け、差別禁止の法制度がさらに強化された。筆者自身も家族とともにアジア系であることから差別を受けた経験があるが、私的な場では擁護する人々が必ず現れ、家族の通う学校や学童保育では迅速に保護措置と加害者への対応が取られた。
植民地政策への反省と多文化共生の必要性
近年、フランスでは人種差別の根源的要因として、植民地政策による奴隷制度への反省が多く語られるようになっている。パリ市内の国立移民史博物館は数年前のリニューアルで、奴隷制度関連の展示を常設展の冒頭に置き、大幅に拡充した。公共放送では、著名人のルーツを植民地時代までさかのぼるドキュメンタリーが放送され、大きな話題を呼んだ。
フランスで人種差別反対が国家的重要案件とされる背景には、国是だけでなく、現実的な社会経済的要因もある。フランス国内に住む外国生まれの移民は約800万人で、人口の1割強を占める(2025年時点)。多文化共生を実現しなければ、社会も経済も不安定化する恐れがある。移民の多くは都市圏に集中し、特にパリ周辺のイル・ド・フランス地域圏では住民の2割が移民だ。移民2世、3世でフランス生まれのフランス国籍者を含めれば、その数はさらに数倍に膨らむ。人種差別は人権面からも容認できないが、加えてフランスでは社会の構成員の心身や生活を危険にさらし、社会全体を弱体化させる「許容できないリスク」と認識されている。
フランスにおける共通言語としてのサッカー
エムバペ選手はフランス代表の象徴的存在であり、サッカーはフランス社会において国民を結びつける共通言語の役割を果たしている。特に多様な移民背景を持つ選手が活躍するフランス代表は、多文化共生の象徴でもある。エムバペ選手への侮辱は、単なる個人攻撃ではなく、フランス社会の根幹を揺るがす行為と受け止められた。マクロン大統領は「容認できない」と声明を発表し、国連も人種差別撤廃の観点から非難を表明した。この問題は、フランスが直面する移民社会の現実と、サッカーが持つ社会的統合の力を浮き彫りにしている。



