愛知・名古屋アジア大会(読売新聞社協賛)は21日、東京アクアティクスセンター(東京都)で競泳が行われ、男子50メートル自由形で松本周也選手(26)(ひまわりネットワーク)が7位に入賞した。競技継続の危機を乗り越えて成長してきたスプリンターで、所属先での業務と両立しながら初の大舞台に挑んだ。
アジア記録保持者として挑むも悔しい結果
アジア記録保持者として臨んだ大会。予選は全体2位で突破したが、決勝は大会記録で優勝した隣のレーンの韓国選手に終盤、突き放された。「井の中の蛙だった」と唇をかんだ。
調子が良かった分、思いが空回りした。スタートは良かったが、手を回す速度が速くなり、ストロークが小さくなった。「表彰台に乗りたいとの気持ちが先走り、全力でガチャガチャ泳いでしまった」と振り返る。
競技継続の危機を乗り越え、企業の支援を受けて成長
静岡県下田市出身で、水泳は5歳で始めた。高校時代には全国高校総体の200メートルと400メートル個人メドレーで2冠を達成。関東の複数の大学から誘いがある中、中京大(名古屋市)に進んだ。1日に2度プールに入る日もあるほど練習を重ねた。中心は個人メドレーだったが、「ぶっつけ本番で出た」4年の大学選手権の50メートル自由形で優勝。五輪出場を目標に、卒業後も競技を続けようと考えた。
ただコロナ禍を経て、企業のアスリート採用の環境は変化。15社に履歴書を送ったものの、返事はない。手を差し伸べてくれたのが、ケーブルテレビ事業などを手がける「ひまわりネットワーク」(愛知県豊田市)だった。大学のプールが豊田市内にあり、同社の取材を度々受けていた縁もあり、大学のコーチなどを通じて直談判した。
「拾ってもらった」と感謝する同社に2023年4月、初のアスリート社員として入った。週2日、店頭に立ち、インターネットや電話の契約などに関する接客業務にあたっている。練習は週6日。競泳と業務の両立は「切り替えは得意な方。覚えることが多く、後輩に『すいません』って思いつつ教えてもらっている」と苦笑する。
パリ五輪は逃したが、昨年7月、地元の静岡であった大会で50メートル自由形で21秒64の日本記録を樹立。今年8月のパンパシフィック選手権では6位に入った。今大会で勢いを付け、ロス五輪につなげたい、と自信を深めていた。
仲間の支えを受け、次の舞台へ
この日は会社から6人が駆けつけて、声援を送った。ほぼ全ての試合に同行する、総務部の岡部諭宜(ゆうき)さん(52)は「初めての舞台で、プレッシャーに感じていたと思う。この経験を次にどう生かしていくか。これからもサポートしていきたい」とねぎらった。
「日本の中だけだと速くても、海外選手も含めた時には、競ることもできないくらいだった。腕の回し方などを詰め、21秒台を常に大会で出せる選手になりたい。その先に(目標の五輪が)あると思う」。仲間の支えを受けながら、次の舞台を目指す覚悟だ。
男子100平泳ぎ・渡辺一平選手は決勝逃す
男子100メートル平泳ぎの渡辺一平選手(29)(トヨタ自動車)は1分1秒20で、予選全体13位となり、決勝進出とはならなかった。本命の200メートルに向けて弾みを付けたいレースだったが、前半に出遅れ、後半の巻き返しも及ばなかった。「この1か月、『100(メートル)で良い泳ぎができないと200(メートル)につながらない』と思って練習していたのでどうしたらいいか分からない」と率直な気持ちを吐露した。「(24日の)200(メートル)まで中2日あるのでしっかり調整し、最大限良い泳ぎができるようにしたい」と雪辱を誓った。



