国鉄気動車急行「大社」の記憶:複雑ルートで12時間の長旅、ローカル線を支えた花形列車
国鉄気動車急行「大社」12時間の長旅 複雑ルートの記憶

国鉄時代、ローカル線を彩った気動車急行列車の中でも、複雑なルートを長距離走った「大社」は特異な存在だった。鉄道写真家の南正時氏が、その記憶を語る。

急行「大社」の複雑なルート

1976年の時刻表によると、下り「大社」は名古屋発(9時10分)と金沢発(8時53分)の2本が設定され、敦賀で併結。そこから小浜線に入り、西舞鶴から宮津線(現・京都丹後鉄道)を経由して豊岡へ。その後、山陰本線を出雲市まで南下し、大社線に入って終点・大社に到着する。終着時刻は20時24分で、所要時間は約12時間に及んだ。

車窓の変化と旅の魅力

南氏は出身地の武生(福井県)からこの列車に乗り通した経験を持つ。「北陸本線から小浜線、海沿いの宮津線、山陰本線の余部鉄橋と、目まぐるしく車窓が変わる列車はなかなかない」と振り返る。長距離ながら、停車時間には駅弁が買え、飲食に困らなかったという。

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また、南氏は米坂線でのSL撮影に頻繁に利用した急行「出羽」も記憶に残るという。上野―酒田間を結ぶ夜行列車で、早朝の撮影に好都合だったが、夜行のため走行シーンの撮影はできなかったと残念がる。

気動車急行の役割

国鉄の気動車急行は、電化区間が限られた時代に、ローカル線の主要な長距離輸送手段として活躍。キハ58系などが使われ、複雑な系統運用で各地を結んだ。現在では考えられないような長距離・複雑ルートの列車が、地域の足として愛された。

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