大川小慰霊法要、遺族の涙と「宙に浮いた15年」の思い (11.03.2026)
東日本大震災の津波で児童・教職員84人が犠牲となった宮城県石巻市の旧大川小学校で、慰霊法要が行われた。遺族らは会えなくなったわが子を思い涙を流し、永沼由美子さんは「いってらっしゃいという言葉が宙に浮いたままの15年だった」と無念さを語った。
東日本大震災の津波で児童・教職員84人が犠牲となった宮城県石巻市の旧大川小学校で、慰霊法要が行われた。遺族らは会えなくなったわが子を思い涙を流し、永沼由美子さんは「いってらっしゃいという言葉が宙に浮いたままの15年だった」と無念さを語った。
東日本大震災から15年を迎えた3月11日、被災地では当時を振り返り、現在と向き合う言葉が各地で語られました。慰霊碑を訪れる人々から原子力規制委員長の訓示まで、印象的な言葉をまとめました。
福島県沖でマグニチュード6.5の地震が発生し、気象庁は津波注意報を発令しました。最大震度5弱を観測し、現在被害状況の確認が進められています。
茨城県北茨城市で東日本大震災から15年を迎え、津波被害の追悼式が開催されました。展望慰霊塔前で約80人の参列者が献花し、鵜沼聡副市長は「災害に強いまちづくりを進める」と決意を新たにしました。
東日本大震災から15年を迎えた11日、千葉県旭市で追悼行事が行われた。津波で行方不明の叔母がいる女性は「海を見ると思い出す」と涙ぐみ、冷たい海風の中、静かに手を合わせた。
東日本大震災から15年となる2026年3月11日、被災各地で午後2時46分に地震発生時刻を知らせるサイレンが鳴り響き、遺族らが犠牲者への祈りをささげた。岩手県大槌町や福島県いわき市などで、震災の記憶を語り継ぐ決意が新たにされた。
福島県沖で11日午後、マグニチュード5.5の地震が発生しました。気象庁によると、津波の心配はなく、福島県内で最大震度4を観測。建物の被害や人的被害の報告は現時点でありません。
東日本大震災発生から15年を迎えた11日、岩手・宮城・福島の3県警が行方不明者の手がかりを求め、津波被害に遭った沿岸部で捜索活動を実施。警察庁によると行方不明者は2519人で、地道な活動が続けられている。
東日本大震災と福島第一原発事故から15年を迎え、福井県美浜町では新たな避難道路「美浜・高島道路」の整備が始まった。原発事故時に隣接市へ逃げるための最短ルートで、住民の長年の悲願が実現へ向けて動き出す。
東日本大震災から15年が経過したが、死者は1万5901人、行方不明者2519人に上る。福島を中心に全国で約2万6000人が避難生活を続けており、復興の道のりはまだ終わっていない。
東日本大震災で13歳の長男を失った宮城県名取市の丹野祐子さん(57)。息子が大好きだった週刊少年漫画を毎週買い続け、15年間で700冊を供養。悔恨と無念を抱えながら、語り部として悲劇と教訓を伝え続けている。
東日本大震災で行方不明だった山根捺星さん(当時6歳)の遺骨が、100キロ離れた海岸で発見され、14年ぶりに家族の元へ。両親と兄が小さな骨つぼを抱え、捺星さんが最後に見た海岸を歩く姿が報じられた。
兵庫県養父市は、クマが生活圏に出没した際の「緊急銃猟」運用マニュアルを作成し、机上訓練を実施。改正鳥獣保護法に基づく初動対応体制を整備し、住民の安全確保に向けた手順を確認しました。
東日本大震災から15年を迎えた11日、福島市で追悼式が開催され、高市首相が出席。原子力災害からの復興や防災庁設置に向けた取り組みを強調し、被災地の課題解決に全力を尽くす決意を表明しました。
東日本大震災の象徴「奇跡の一本松」の歴史を遡ると、415年前の慶長三陸地震による大津波と、伊達政宗がエンジニアを重用した復興への取り組みが見えてくる。松原は防災ではなく、金山に代わる産業振興のための防風林として整備された。
東日本大震災から15年を迎え、岩手・宮城・福島の沿岸部では追悼式が実施された。遺族の高齢化で中止が増えていたが、今年は5市町村で式典を復活。若者が教訓を継承する新たな取り組みも始まっている。
福島県いわき市で震度5弱の地震が発生しました。気象庁は津波の心配はないと発表し、現在のところ大きな被害の報告はありません。住民は引き続き警戒を呼びかけられています。
東日本大震災から15年を迎え、九州各地で避難訓練が行われました。大分県臼杵市では約700人が参加し、鹿児島県薩摩川内市では約1万人がシェイクアウト訓練を実施。南海トラフ地震への備えとして、震災の教訓を活かす取り組みが進んでいます。
大阪・梅田の繁華街で、下水道工事現場の金属パイプが地中から約10メートルもせり上がる異常事態が発生。通行人は驚き、専門家は「非常に珍しい現象」と指摘。けが人は確認されていない。
宮城県気仙沼市で、東日本大震災の津波避難誘導中に殉職した警察官を弔うお地蔵さんが建立から15年。地域住民に愛され、子どもたちの登下校を見守り続け、復興の象徴として親しまれている。
東日本大震災の被災地支援を一人で続けてきた鳥取市の川西清美さん(76)。かつて岩手県で暮らした経験から「何かをしなければ」と決意し、物資集めや避難者受け入れに奔走。15年経た今も、被災者との絆を大切にし、「誰でも被災者になりうる」と支援の重要性を訴える。
東日本大震災から15年を迎え、岩手、宮城、福島の沿岸部では遺族が静かに手を合わせ、犠牲者を追悼。若い世代も教訓をつなぐ大切さを伝え、復興への思いを新たにしています。
東日本大震災から15年を迎えた11日、岩手・宮城・福島の3県警が津波被害の沿岸部で行方不明者の手がかりを求めて捜索を実施。警察庁によると不明者は2519人で、地道な活動が続く。
福島県いわき市常磐藤原町で11日未明、木造2階建て住宅が火災に見舞われ、50代の夫婦2人が死亡した。消防が消火活動を行い、住宅は半焼する被害となった。詳細な出火原因は現在調査中である。
東日本大震災から15年を迎えた2026年3月11日、岩手、宮城、福島の被災地では早朝から多くの人々が慰霊の場を訪れ、犠牲者への祈りを捧げました。遺族の語りや復興の様子を写真記者が取材し、記憶と教訓を伝え続ける重要性を浮き彫りにしています。
東日本大震災をきっかけに支援ツールとして注目されたSNSは、15年を経てデマや中傷など深刻な問題を顕在化。情報の氾濫に個人がどう対処すべきか、その課題を探る。
福島県いわき市でワープロ修理を続ける丹治幹夫さん(72)。2011年の原発事故で群馬県前橋市に避難したが、13年後に故郷へ戻り「最後の人生、最後の大勝負」と決意。高齢者の生きがいを支える老老支援の姿を追う。
東日本大震災から15年を迎えた11日、宮城県気仙沼市など被災地で行方不明者の捜索活動が行われた。市民団体や警察官らが「忘れない」との思いを胸に、手がかりを探し続けている。
東日本大震災から15年を迎えた被災地では、早朝から遺族らが海岸や慰霊碑を訪れ、朝日が昇る中で大切な人を悼んだ。寂しさは消えずとも「前に進むしかない」と語る人々の姿が各地で見られた。福島県富岡町ではトランペットの音色が響き渡った。
東日本大震災から15年を迎えた3月11日、津波被害を受けた仙台市若林区荒浜の海岸では、日の出を見に訪れた人々が手を合わせて祈りを捧げた。岩手県では行方不明者の捜索が続き、警察庁によると未だ2519人が行方不明のままとなっている。