東大卒で外資系投資銀行に勤め、年収1100万円だった男性が、その生活を捨てて刺しゅう職人に転身した。鏡に映る自分に恐怖を感じ、季節や人との時間を失う代償に気づいたという。
田中優輝氏は、自身の体験を綴った著書『東大卒、年収1100万をやめて刺しゅうをはじめたワケ 冷めたまま働きつづける前に』の中で、転身のきっかけを明かしている。ある日、トイレの鏡で自分の顔を見たとき、そこには表情のない、目に光のない、紙のような色をした24歳の男がいたという。
半年で別人のように変わった自分
入社直前の同期との集合写真では、4月の自分は笑っていた。緊張しながらも明るい目をしていたが、半年後の自分と見比べると別人だった。さらに、先輩の大学時代の写真を見せてもらった際、若くて笑っている男性が写っていたが、目の前の先輩とは同じ人に見えないほど変わっていた。年齢を重ねれば人は変わるが、その変わり方が怖かったと田中氏は振り返る。
このまま10年経ったら自分はどうなるのか。朝日をまともに見られるのは1年で10日もないかもしれない。季節が変わっても気づかず、誰かとご飯を食べる時間もない。鏡を見ても自分の顔に見えない。その代わりに給与明細には大きな数字が載る。
コスパで走る代償
田中氏は、コスパで走ると、払っていることに気づかない代償があると指摘する。季節を感じる感覚、誰かと笑う時間、鏡を見て自分の顔だと思える朝。それらは給与明細には出ないまま、毎日少しずつ減っていく。半年で、もう取り戻せない気がするほどに減っていくのが怖くなったという。
勤めていた外資系投資銀行のフロアでは、忘れられない日があった。ニューヨーク本社からの連絡で投資銀行部門の人員を減らすことが決まる日で、社内では「Xデー」と呼ばれていた。誰が消えるかは誰にもわからず、肩を叩かれた先輩は机に戻ってこなかったという。



