出生数減少に不安、出産は人生の一大イベント 読者の投書紹介
出生数減少に不安、出産は人生の一大イベント

2025年の日本の出生数は67万1236人、合計特殊出生率は1.14となり、いずれも過去最低を更新した。減少は10年連続で、少子化に歯止めがかからない状況が続く。こうした中、読売新聞の投書欄「気流」には、出産を人生の一大イベントと捉える明るい声や、少子化への不安、子育て環境への提言が数多く寄せられている。

少子化に歯止め、国挙げて支援を

2005年12月に掲載された61歳の会社員(大阪府)の投書は、少子化への危機感と政策提言を綴る。投稿者は「私は結婚はしませんが、子供は産みます。でも日本ではなく、ヨーロッパで産んで育てます」と語った女性の言葉を紹介。当時は疑問に思ったが、フランスでは手厚い子育て支援で出生率が上昇している事実に触れ、「産みたいと願う人には、政府や企業などの後押し、環境づくりは不可欠」と訴える。厚生労働省が2005年に人口動態統計の推計値が明治以来初めて自然減に転じると発表したことを受け、若い世代から「子供は3人欲しいが、2人で我慢する」「子供を持つことに不安」といった相談が増えていると指摘。「国を挙げて取り組めば、大きく前進すると確信します」と結んでいる。

41歳の初産、友情に支えられ

2006年9月の投書では、46歳の会社員(埼玉県)が41歳の妻の初産を振り返る。結婚11年目で「子供はあきらめて二人だけでやっていこう」と話し合った直後の妊娠に戸惑ったが、妻の腹部が大きくなるにつれ父親になる自覚が芽生えたという。妻は近所の友人たちに支えられ、不安を相談しながら妊娠期間を過ごした。出産当日、病室で寝息を立てる赤子を見て「目頭が熱くなった」と感動を記す。友人に電話で報告すると喜びの声が上がり、「皆さんのお陰で母子共に健康でこの日を迎えられた」と感謝の気持ちを綴った。退院後、一人でビールで乾杯したエピソードも添えられている。

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「お産看護夫」、恥じない亭主

1972年8月の投書では、38歳の貿易業(東京都)がアメリカでの出産立ち会い文化を紹介。「女房のお産に亭主がつきそうことが、なぜあんなでっかい記事になるのだろう?」と疑問を呈する。ニューヨークで、出産に立ち会わなかった日本人男性が同僚のアメリカ人から「奥さん一人で産ませたのか」と非難され、総スカンを食った逸話を挙げ、「良い、悪いは別にして、そうしなければ人間的な不信をも受けかねない国がすでにある」と指摘。自身は昭和一ケタ生まれながら、ニューヨーク滞在中に3人の子供を日本で出産させるため妻に付き添い、病室で寝起きした「看護夫」であることを恥じないと語る。

二女出産に冷たい周囲、母親の思い

1983年2月の投書では、29歳の主婦(神奈川県)が2人目の女児出産後の周囲の反応に驚きを綴る。「上が女の子だから経済的でいいわね」「女の子でもかわいいからいいじゃない」といった慰めの言葉や、「がっかりした?」と露骨に聞く人もいたという。義母からは「男の子だったら盛大にお祝いしようと思っていた」と言われ、義父は一度も赤ちゃんを抱いてくれなかった。長女の時は皆が喜んだのに、二女では冷たさを感じると訴える。自身も二女である投稿者は、「2人の女の子をもった母親として、とても幸せな気持ちでいる」と声を大にして伝えたいと結ぶ。

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お産シーンの描写に疑問

1972年8月の投書では、45歳の主婦(静岡県)がテレビドラマのお産シーンに苦言を呈する。決まって産婦が阿鼻叫喚する描写に対し、「お産の痛みは生理的なもので、骨折や切り傷の痛みと違い耐えられるもの」と指摘。自身も2児の母として経験済みだ。20歳の娘が「私は赤ちゃんはうみたくないわ」と言ったのを聞き、誤解を正したエピソードを紹介し、「テレビは影響力が大きいもの、未婚の娘に誤った考えを持たすようなシーンはやめてほしい」と要望する。

担当記者より:生命の神秘と重み

担当記者の野村は、17年前の7月9日、勤務中に妻から「陣痛が始まった」と連絡を受け、長女の出産に立ち会った経験を語る。「生命の神秘さ、重みを感じられて本当に良かった」と振り返る。また、日航ジャンボ機墜落事故で級友を亡くした母親の投書を紹介。1985年8月12日、初産を控えてテレビを見ていたところ、事故の乗客名簿に高校時代の級友の名前を発見。夫と同姓同名だったため縁を感じていたが、やはり級友だった。国立大大学院を経て大手企業に就職し、出張帰途に遭難。長女は22歳になり、毎年誕生日が近づくたびに亡き友を思い、「生きていることへの感謝を忘れず、一日一日を大切に生きよう」と心を新たにしている。