長崎原爆の日、北海道から11年ぶり参列 被爆者団体解散後も平和願う
長崎原爆の日、北海道から11年ぶり参列 被爆者団体解散後も

被爆81年の「長崎原爆の日」となった9日、長崎市の平和公園で平和祈念式典が営まれ、長崎県内外から被爆者や遺族、関係者が参列した。先立った家族や仲間をしのび、多くの犠牲者を悼み、各地で追悼行事も行われた。参加者らは被爆の体験を次世代に語り継ぎ、核兵器のない平和な世界の実現へ歩みを進めることを誓った。

北海道から11年ぶりの参列

都道府県代表として札幌市から訪れた宮本須美子さん(88)は、11年ぶりに式典に参列した。北海道では昨年、被爆者団体が解散し、2世や支援者らも加わる新組織に移行した。代表理事を務める宮本さんは、「若い人々も活動してくれていて、多く参列していた。平和につながっていくと思う」と期待を語った。

被爆体験と歩んできた道

宮本さんは名古屋市生まれ。1945年、7歳の時に空襲で父親を亡くし、母方の実家があった長崎市へ疎開した。爆心地から約6キロの自宅近くの防空壕に避難していたが、原爆が落ちた瞬間の記憶はないという。「髪がちりちりになったり服が焦げたりした人が見えて、爆弾が落ちたのだと分かった」と振り返る。2日後、親類宅へ避難するため爆心地付近を歩き、水を飲んだ後に亡くなったと思われる人を多く見かけた。

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結婚後は各地を転々としたが、60歳の時に北海道に定住。30年近く「北海道被爆者協会」に所属し、先輩の被爆者に学び、裏方として支えてきた。

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