VIVANTシーズン2の放送を目前に控え、監督を務める福澤克雄氏のパワハラ問題が表面化した。この問題は、過去に起きた佐藤二朗や橋本愛に関する騒動と決定的に異なる点がある。それは、福澤氏がTBSにとって切り離せない“顔”であり、作品と監督の関係が極めて緊密であることだ。本稿では、なぜ「作品に罪はない」という論理が通用しないのか、その理由を詳しく考察する。
佐藤二朗・橋本愛騒動との違い
過去の佐藤二朗や橋本愛に関する騒動では、当事者はフジテレビの社員ではなく、取引先としての立場だった。フジテレビは彼らとビジネスライクな距離感を保ち、声明でも一歩引いた仲介者としての姿勢を示した。このため、問題が作品そのものに影響を及ぼすことは比較的少なかった。
しかし、福澤氏の場合は事情が異なる。福澤氏はTBSの社員であり、同局のヒットメーカーとして知られる。木村拓哉主演の『GOOD LUCK!!』や『華麗なる一族』、堺雅人主演の『半沢直樹』、阿部寛主演の『下町ロケット』など、数多くの日曜劇場枠の作品を手がけてきた。特に『半沢直樹』最終回は世帯視聴率42.2%を記録し、平成の民放ドラマで最高記録を打ち立てている。福澤氏はまさに“TBSの顔”と言える存在だ。
“名物局員コンテンツ”のリスク
テレビ局には、特定の制作者にひも付いたコンテンツが存在する。本来は裏方であるべきだが、芸能界の性質上、制作者が注目されるケースは珍しくない。例えば、フジテレビの『踊る大捜査線』をプロデュースした亀山千広氏は、後にフジテレビジョン社長やBSフジ社長を務め、局を代表する存在となった。近年では、テレビ東京『ゴッドタン』の佐久間宣行氏(現フリー)、TBS『水曜日のダウンタウン』の藤井健太郎氏、テレビ朝日『アメトーーク!』の加地倫三氏らが“名物局員”として知られる。
こうした属人性の高いコンテンツは、制作者に問題が生じた場合、作品全体に影響が及びやすい。福澤氏とVIVANTはまさにその典型であり、監督のパワハラ問題は作品のイメージを直撃する。TBSとしても、社運をかけたドラマであるVIVANTを、問題を抱える監督と切り離して考えることは難しい。
作品に罪はない論が通用しない理由
「作品に罪はない」という論理は、制作者と作品が独立している場合に成り立つ。しかし、福澤氏のように作品の顔とも言える存在が問題を起こした場合、視聴者は作品と制作者を切り離して見ることができない。特に、VIVANTは福澤氏の演出スタイルや手腕に大きく依存しており、その影響は計り知れない。
城戸譲氏(ネットメディア研究家)は、「福澤氏はTBSの顔であり、VIVANTはTBSの社運をかけた作品。監督の問題を軽視すれば、作品そのものの信頼を損なう」と指摘する。今回の騒動は、単なる個人の問題ではなく、テレビ局のガバナンスやコンテンツ制作のあり方にまで及ぶ重大な問題である。



