「うさぎの島」大久野島に年間20万人、なぜ地元は潤わない?廃墟の島と玄関口の挑戦
「うさぎの島」に年間20万人、地元はなぜ潤わない?

広島県の大久野島は、年間約20万人が訪れる「うさぎの島」として知られる。しかし、観光客の多くは日帰りで島を離れ、地元経済への波及効果は限定的だ。そんな中、廃墟となった島とその玄関口である竹原市が、観光客の「素通り」から「滞在」への転換を目指している。

戦時中の毒ガス島からレジャー島へ

大久野島は、戦時中に毒ガス製造の拠点があった島だ。戦後、その歴史は封印され、1963年に休暇村大久野島がオープン。温泉やリフト、展望台、室内プール、テニス場などを備えた一大レジャー施設となった。1965年のパンフレットには「むかし 要塞・毒ガス島 いまは温泉・休暇村」というキャッチコピーが掲載された。

島にうさぎが現れたのは1970年頃とされる。休暇村大久野島の営業課長・土居俊成さんは「戦時中に実験動物として飼われていたうさぎはすべて処分された。島外から持ち込まれ、放されたことは確かだが、理由はわからない」と語る。小学校で飼われていた8羽を放した説や、飼えなくなったうさぎを持ち込んだ説などがあるが、詳細を知る人はもういない。

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「Rabbit Island」として世界に拡散

うさぎは新たな観光資源となり、餌も販売され、少しずつ数を増やしていった。2014年、海外観光客が投稿した動画がきっかけで「Rabbit Island」として世界に知られるように。香港のメディアも取り上げ、アジアや欧米で話題となった。

土居さんは「世界中探しても、これだけうさぎが寄ってくるところは他にない。非常に稀な場所だ」と話す。動画の拡散により、外国人観光客は2年で数十倍に増え、2017年には観光客が36万人に達した。うさぎも2018年には1000羽に増えたが、コロナ禍で観光客が激減し、うさぎも約半分に減った。2023年以降は毎年20万人近くが訪れている。

観光客の「素通り」と地元の課題

しかし、多くの観光客は島を日帰りで訪れ、竹原市の街中には立ち寄らない。地元経済への波及効果は限られており、観光客の「素通り」が課題となっている。廃墟となった島の施設と、玄関口である竹原市が連携し、滞在型観光への転換を図る取り組みが始まっている。

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