「わかっていない」けど、幸せな認知症患者
認知症専門医の繁田雅弘氏(精神科医)は、著書『認知症になって幸せな人、不幸せな人』(PHP研究所)の中で、認知症患者の幸せを左右する要因について考察している。多くの人が「認知症にはなりたくない」と考えるが、繁田氏は「認知症を患ってからも人生は続く。症状をいかに遅らせるかといった議論よりも、患者本人や家族の幸せを考えることが重要だ」と述べている。
繁田氏の診療所には、長年通う親子がいる。母親は病識が弱く、もの忘れを自覚していない。繁田氏が「ちょっと忘れっぽくなったって、本当はわかっているんじゃないの?」と尋ねると、母親は「私は全然、大丈夫です」と穏やかに答える。料理ができないにもかかわらず「できますよ」と言い、毎日楽しいかと聞かれれば「幸せでやっています」と笑顔を見せる。娘さんは当初、介護に苦労していたが、繁田氏が「これでいいよね」と伝えると、「そうですよね。落ち込むよりはいいですよね」と納得し、穏やかな表情を見せるようになった。
繁田氏は、脳の障害が前頭葉に及ぶと病識が弱まり、客観的に自分を見られなくなると説明する。そのため、無理に病識を植え付けることは避けるべきだとしている。
元会社役員の男性(74歳)のケース
アルツハイマー型認知症と診断された74歳の元会社役員の男性は、診断から数年経っても自分の認知症を認めなかった。妻の強い希望でしぶしぶ服薬していたが、自ら進んで飲むことはなかった。本人は「認知症ではないと自分に言い聞かせて気持ちを張っている。認めたら力が抜けてしまう」と語った。繁田氏は、画像診断や検査結果を突き付けて病識を強制することに治療的な意味はないと判断した。
繁田氏は、認知症患者の幸せは、病識の有無や告知の仕方ではなく、患者自身の感じ方や家族の理解とサポートに大きく依存すると結論付けている。



