児島の塩再び誇りに ブランド塩で街おこし
児島の塩再び誇りに ブランド塩で街おこし

岡山県倉敷市のJR児島駅周辺は、現在マンションや複合施設が立ち並ぶが、かつては約50ヘクタールの塩田が広がり、日本屈指の塩の生産地として栄えていた。その面影は今はないが、児島地区の塩の歴史は古く、弥生時代の遺跡からは製塩に使われた土器が多数出土しており、塩生産の起源は2000年以上前まで遡るとみられている。

「塩田王」の遺産と塩田廃止

江戸末期には「日本の塩田王」と呼ばれた野崎武左衛門が岡山藩の許可を得て広大な塩田を開墾。しかし高度経済成長期の国の政策で近代的な工場生産化が進められ、1972年の法律で塩田は廃止され、児島での塩生産は途絶えた。

それから半世紀。児島はジーンズ生産が盛んになり「ジーンズの街」として全国的に知られる一方、「塩の街」という印象は薄れていた。そんな中、地元の下津井電鉄社員の早田友幸さんが「コロナ禍で沈んだ街を元気にしたい」と動き出す。同社が運営するサービスエリアの売り場を見渡し、「児島には特産のジーンズはあれど、食の土産物がない」と気づいた。

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「倉敷児島塩結びプロジェクト」始動

早田さんが協力を呼びかけたのは、野崎武左衛門が創業し、塩田廃止後も玉野市で製塩業を続ける「ナイカイ塩業」。地元商工会議所も巻き込み、2023年4月から「倉敷児島塩結びプロジェクト」を開始。半年かけて瀬戸内海の海水のみを使ったオリジナルブランド塩「塩田王 野崎家の塩」を開発した。

この塩を使った土産品開発には県内外30の企業が参画し、塩ようかんや塩サイダーなどが誕生。2024年には「児島塩ラーメン」を開発し、市内9店舗で「塩白湯ラーメン」や「塩豆乳坦々ラーメン」など各店独自の塩ラーメンが提供されている。

塩を地域の誇りに

早田さんは「今では、児島に塩田があったことを知らない子どもが少なくない」と話す。塩田で栄えた街だからこそ、もう一度「塩」を住民の地域の誇りにしたいという思いを胸に、今後も活動を続ける。

関連情報として、昨年末にボートレース児島のフードコート内にオープンした「倉敷児島塩結びカフェ」では、プロジェクトで生まれた土産品を販売。営業時間は午前10時~午後4時で、休業日はレース場に準じる。鴻ノ池サービスエリアや鷲羽山レストハウス、児島地区の宿泊施設でも購入できる。

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