広島は6日、米国による原爆投下から81年を迎えます。世界各地の紛争で大勢の人が亡くなり、核兵器使用のタブーも脅かされるなか、原爆の犠牲者を悼み、平和を願う人たちの動きが続いています。
マレーシア大使館次期大使が被爆死した留学生の墓参り
5日、広島市佐伯区の光禅寺で、被爆死したマライ(現マレーシア)出身の南方特別留学生ニック・ユソフさんのお墓を、マレーシア大使館のアハマド・ロジアン次期大使が訪れました。
ロジアン次期大使は、ユソフさんの遺骨が眠るお墓の前で祈りを捧げた後、「胸を打たれた。ユソフさんの記憶を守るために、お墓を設けてくれたお寺に感謝します」と話しました。
ICAN川崎さん「核禁条約いかそう」
広島市中区で開かれた原水爆禁止世界大会・広島大会の第1分科会では、ノーベル平和賞を受賞した国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)の国際運営委員兼会長などを務める川崎哲さんが講演しました。
川崎さんは「今こそ核兵器禁止条約を活(い)かそう」と題し、「これまでは、相手国の核が脅威とされてきたが、今は核抑止こそが人類の脅威だという考えになってきている」と話しました。
韓国人原爆犠牲者を悼む慰霊祭
広島市中区の平和記念公園内にある韓国人原爆犠牲者慰霊碑前で、被爆で亡くなった朝鮮半島出身者を追悼する慰霊祭が開かれ、約280人が参列しました。姜鎬曽(カンホズン)・駐広島韓国総領事や中満泉・国連事務次長らが出席し、新たに2人を加えた計2826人の死没者名簿が奉納されました。
「きのこ会」を支えた俳優が講演
原爆小頭症の被爆者と家族による「きのこ会」を支えてきた俳優の斉藤とも子さんが、広島市中区の県立総合体育館で講演しました。ある家族が「身をもって世界に核兵器の悲惨さを示していくことが、この子の使命なんだ」「人と人が信頼し合わないと何も始まらない」と語ったことを振り返りました。
放影研、いまの建物で最後の公開
来年移転することが決まっている日米共同研究機関・放射線影響研究所(放影研、広島市南区)で5日、いまの建物で最後となる一般公開(オープンハウス)が始まりました。被爆者が浴びた放射線に関するパネル展示などがあり、6日まで行われます。
「ヒロシマの碑」に折り鶴捧げる
広島市中区の「原爆犠牲ヒロシマの碑」で碑前祭があり、市内の小中高生らが折り鶴を捧げました。市立舟入高校の加賀遥さん(2年)は「世界で紛争が絶えない今だからこそ、非核三原則など、原爆の悲劇から学んだ教訓を大切に守りたい」と話しました。
6日の主な予定
6日は、平和記念公園で平和記念式典が開かれます。この1年で死亡が確認された人の名前を加えた原爆死没者名簿が奉納され、原爆投下時刻の午前8時15分には参列者らが1分間の黙禱を捧げます。
広島市の松井一実市長が平和宣言を読み上げ、5月のNPT(核不拡散条約)再検討会議に触れ「第三のヒロシマ・ナガサキを作り出すことになりかねない」と警鐘を鳴らします。こども代表の柿崎由宇さんと河野和希さんが「平和への誓い」を読み上げます。
昨年10月に就任した高市早苗首相が初めてあいさつに立ち、式典後は平和記念資料館を視察し、「被爆者代表から要望を聞く会」で被爆者7団体の代表らと面会します。広島県の横田美香知事も知事として初めての平和記念式典であいさつします。



