三菱マヒンドラ農機(松江市)が国内唯一の製造となる農機「紙マルチ田植え機」の事業撤退を発表してから3か月後の6月、鈴木農相は記者会見で、技術継承について政府の考えを問われ、「生産者に一定のニーズがある。いかに継承されていくか、このことに我々としてできる努力はさせていただきたい」と答えた。
日本が化学肥料をほぼ輸入に頼る中、農林水産省は食料の安定供給の観点から、自然の働きをできるだけ生かして米や野菜を育てる有機農業を推進する。鈴木農相の発言は、有機農業の省力化につながる紙マルチ田植え機の技術継承の重要性を政府としても認識していることを示す。
有機農業拡大の目標達成には技術継承が鍵
農水省が2021年に策定した「みどりの食料システム戦略」では、有機農業の取り組み面積を、50年までに耕地面積の25%にあたる100万ヘクタールに拡大する目標を掲げる。30年度の目標は6.3万ヘクタールとするが、24年時点で3.98万ヘクタールと、耕地面積の1%にも満たない。
県内は19年度の155ヘクタールから、25年度は332ヘクタールと倍増。県は、29年度に550ヘクタールを目標に掲げる。
化学肥料や化学農薬の使用低減につながる設備を導入した農業者を対象に法人税や所得税の特別償却を認める「みどり投資促進税制」では、対象設備に三菱マヒンドラの紙マルチ田植え機も認定されている。県も紙マルチ田植え機のデモ機を使用し、県内農家に有機農業を実践してもらう実証事業を進めていた。
民間での動き、連絡会議発足
三菱マヒンドラが開発し、帯状の走行装置で湿田走破性に優れた「新型フルクローラートラクター」については6月、茨城県龍ヶ崎市の建設機械メーカー「諸岡」に技術供与することが発表された。しかし、紙マルチ田植え機については今のところ目立った動きはない。関係者は、国内市場が今後も縮小傾向が予想される中、投資に見合った長期的な需要予測を見込めないことが主な要因とみる。
ただ、技術継承への機運を高めようと、民間レベルで動きもある。利用農家らが4月、市民団体「紙マルチユーザー等連絡会議」を発足。紙マルチ田植え機を使った田植えの実演や講習会の開催、その必要性の周知が目的で、メンバーには中国地方や青森県、宮崎県などの農家や農業法人とともに、有機米を扱う米販売店や食品製造会社、三菱マヒンドラに部品を納めてきた会社なども名を連ねる。農水省も、有機農業に取り組む団体の紹介サイトで同連絡会議を紹介している。
同連絡会議の共同代表で奥出雲町の有機農家、安部裕治さんは「有機米は、世界に通用する品質と価格を兼ねそなえる『日本の宝』だ。今こそ生産者が一致団結し、動き始めなければいけない」と強調する。
創業者の精神と技術の行方
「農家が喜ぶのが一番だ」。三菱マヒンドラは、前身の「佐藤商会」の創業者・佐藤忠次郎の言葉を柱に、農業の効率化に向けて技術開発を続けてきた。その精神と技術が岐路に立たされている。(この連載は桂川景が担当しました)



