ロンドンの貴金属取引所ハットンガーデン・メタルズでは6月10日、古い高級腕時計が次々と溶解炉に投入された。金価格が1月に1オンス当たり5600ドルの過去最高値を記録し、現在も4200ドル前後と高止まりする中、中古時計の金地金としての価値が市場での販売価格を上回るケースが相次いでいる。
金価格高騰が招く時計溶解の波
ロイターが10人以上のトレーダーや専門家、投資アドバイザーに取材したところ、この動きの影響を最も受けているのは、スウォッチ・グループ傘下のオメガや、LVMH傘下のタグ・ホイヤーといったブランドの中古モデルだという。これらのブランドは希少性が比較的低く、新品価格の維持が難しいため、中古市場での値落ちが激しい。
英ゴールド・トレーダーズのディーラー、ジョン・ホワイト氏は5月、非常に良い状態の1970年代後半の18金コンステレーション1本を溶解した。同氏は今年に入ってからすでに数十本の高級時計を溶かしている。ホワイト氏は「美しい時計だが、顧客がオークションに出したとしてどれほどの値が付いただろうか」と語る。この時計に含まれる金の価値は5750ポンド(約124万円)で、推定落札価格4000~4500ポンドを35%上回っていたという。
リセール市場の歪みと収集価値の喪失
ウォッチズ・オブ・スイスの中古部門「アナログ・シフト」の創業者ジェームズ・ラムディン氏は、溶解の対象は「主に比較的新しい中古品や、収集対象になっていないビンテージ時計」と指摘する。一方で、「興味深い物語がある時計や味の出てきた時計、希少なビンテージ品を溶かすのは、短期的な判断による悲劇になる」と警鐘を鳴らす。
時計史の専門家エイドリアン・ヘイルウッド氏は「悲しいことだ。一度溶かしてしまえば二度と戻らない」と語る。ワールド・ゴールド・カウンシルによると、2026年第1四半期の金リサイクル量は前年比5%増の366トン。金の宝飾品需要は金額ベースで31%増の470億ドルに達した。
ブランド間の二極化進む
生産量を厳格に管理するパテック・フィリップやロレックスなどの超高級ブランドは、溶解価値を大きく上回るプレミアムを維持している。高級時計プラットフォーム「クロノハンター」のPR・コンテンツ責任者ラザルス氏は「モデルによっては待機リストが2年から8年待ち」と述べる。フォントベルによると、3000スイスフラン(約61万円)超のスイス製新品時計の販売額に占めるロレックスの割合は、2025年に61%と前年の57%から上昇した。
一方、タグ・ホイヤー、ブライトリング、オメガなどは苦戦。オメガのスピードマスターなどは販売後に価格が急落することが多く、スクラップ対象になりやすい。金価格は今年、1オンス当たり5400~6300ドルに達するとも予想され、溶解圧力は続く見通しだ。
高まる金需要と消費者の選択
米ニューヨークの元エンジニア、タリスマンさんは12月、純度58%で合計35グラムの金を含む時計2本とチェーンを2660ドルで売却した。「10年以上、金庫に入れたままの品がたくさんあった」と語る。一方で、売った時計が業者によって溶かされる可能性を恐れ、手元に残す所有者もいる。ヘイルウッド氏は「家族の品かもしれないし、最初の時計かもしれない。破壊されるという考えを嫌う人もいる」と話す。
スウォッチとロレックスの広報担当者はコメントを控えた。LVMH、リシュモン、パテック・フィリップ、オーデマ・ピゲからは回答がなかった。



