肥満治療で使われるGLP-1薬を巡り、日本では「マンジャロは危ない」「高額すぎる」といった批判が少なくない。しかし、米国ボストン在住の日本人内科医師・大西睦子氏(医学博士)は、こうした見方には「視点が欠けている」と指摘する。大西氏は現地の医療現場から、日本と米国でのGLP-1治療の実態の違いを解説する。
日本でのGLP-1診療:自由診療と高額薬代の実情
現時点で日本でGLP-1薬による肥満治療を受ける場合、その多くは自由診療となり、患者負担は高額になりがちだ。ただし大西氏は「患者さんが支払う費用の多くは薬代であり、そのすべてが医療機関の利益になるわけではない」と強調する。診療は薬を処方して終わりではなく、既往歴、家族歴、体重の変化、食事、睡眠、副作用、筋肉量の維持、リバウンド対策などを一つひとつ確認しながら進める必要があるという。
GLP-1薬は用量調整など使い方が難しく、患者だけでなく医療者側にも誤解が多い薬だと大西氏は指摘する。安全かつ正しく使用するためには、通常の外来以上に時間をかけた説明が不可欠で、「初回の説明だけで30分ほどかかることも珍しくない。5分で外来を終わらせられるほど簡単な薬ではない」と述べる。そのため、「GLP-1診療=大儲け」という見方には違和感があるという。
肥満症を診療できる病院の不足
日本には肥満症を診療できる病院が十分にあるとは言えない。大西氏は以前、地方へ転勤する患者を紹介する医療機関をインターネットで探した際、検索結果の多くが肥満外来ではなく美容クリニックだった経験を挙げる。「もし高血圧の患者さんが病院を探したときに、ネット上に美容外科ばかり表示されたら、違和感を覚えるのではないでしょうか」と疑問を呈する。
肥満症は見た目の問題ではなく、糖尿病、脂肪肝、高血圧、睡眠時無呼吸症候群、心血管疾患につながる慢性疾患だと強調。必要なのは一部の専門施設だけに診療を集中させることではなく、地域の内科医やかかりつけ医が、高血圧や糖尿病と同じように肥満症も診療できる環境を整えることだと主張する。
米国での標準治療:プライマリケアに組み込まれた肥満診療
一方、米国では肥満診療は特別な施設だけが行っているわけではない。「高血圧を診る」「糖尿病を診る」「そして肥満も診る」という形で、日常のプライマリケアの中に組み込まれていると大西氏は説明する。米国ではGLP-1薬を含む肥満治療薬が広く普及し、保険適用も進んでいる。例えば、ノボノルディスクの「Wegovy」やイーライリリーの「Zepbound」(日本ではマンジャロとして販売)は、肥満症治療薬として承認され、多くの患者が利用している。
大西氏は「アメリカでもまだ残る偏見」として、肥満に対するスティグマが完全になくなったわけではないとしながらも、医療システムとしては肥満を疾患として捉え、早期介入が当たり前になりつつあると指摘する。
日本への示唆:プライマリケアでの肥満治療普及が鍵
大西氏の指摘は、日本におけるGLP-1治療の課題が、単に薬の価格や安全性だけでなく、医療提供体制のあり方にあることを示している。肥満症を慢性疾患として位置づけ、かかりつけ医レベルで診療できる体制を整えることが、患者のアクセス向上と適切な治療の普及につながると考えられる。
現状、日本ではGLP-1薬の保険適用が限定的であり(糖尿病治療には適用されるが、肥満症への適応は2025年時点で一部に限られる)、自由診療に依存せざるを得ない面がある。しかし、米国のようにプライマリケアに肥満診療を統合することで、早期発見・早期治療が促進され、医療費の抑制や健康寿命の延伸にも寄与する可能性がある。
大西氏は最後に「日本でも、肥満症を診療する医師が増え、患者さんが適切な治療を受けられる環境が整うことを願っている」と述べている。



