NECの森田隆之社長は、ROIC(投下資本利益率)やROE(自己資本利益率)を過度に重視することに対して強い警鐘を鳴らしている。「ROICもROEも目標ではなく結果だ。過度に重く見すぎると、心理的なブレーキになる」と語る。同社は2期連続で過去最高益を更新しており、2025年度の実績でROICは9.1%を記録したが、森田社長はこれらの指標を追いかけることよりも、本質的な事業成長を重視する姿勢を示す。
1.3兆円の成長投資の行方
NECは「今後5年間で最大1.2兆~1.3兆円」という巨額の成長投資枠を掲げている。この投資の優先領域として、安全保証分野とDX・AX(AIトランスフォーメーション)分野を挙げる。特に海外売上比率は現在20%程度にとどまっているが、長期的には海外利益比率50%を目指すという大きな挑戦を進めている。
森田社長は「投資については、当然この2つの領域が中心になる。その中で、どういった領域をオーガニックな(自社資源だけに頼らない)M&Aなどの外部手段で強化すべきかが重要だ」と説明する。M&Aは決して特別なニュースではなく、経営として常に選択肢の一つとして頭に置くべきものだと強調する。
積極的なM&A戦略:Abeam、KMD、Avaloq
過去の買収事例として、森田社長はAbeamコンサルティングや海底ケーブルのOCC、通信ソフトウェア分野では米Netcracker、最近では米CSGを買収しソフトウェア事業の拡大を図ってきた。デジタルガバメント領域では、英NEC Software Solutions UKやデンマークのKMDを買収し、自社資源だけでは開拓できなかった公共市場を切り拓いている。
もう一つの成長領域であるデジタルファイナンスでは、スイスのAvaloqを買収し、比較的競争環境に置かれたウェルスマネジメント分野において、ドメインナレッジを備えたソフトウェア領域を確保した。森田社長は「今後もこれらの買収企業の周辺領域において、さらなるM&Aの可能性があると考えている」と述べる。
「1000億円以下」の海外買収はない?シビアな投資判断
買収の規模感について森田社長は、「事業」を買う場合と「テクノロジー」を買う場合で全く異なると説明する。技術や特許の取得であれば数億円から数十億円規模が中心で、数百億円になることはまれだ。一方、事業そのものを買収する場合は状況が異なる。
「経験上、カントリーリスクを考慮した上で、買収した事業を全て自社で運用・統制できるインフラが整っているかが極めて重要だ」と強調する。国内であれば100億円あるいは1000億円規模のIT企業を買収・運営することは十分可能だが、海外の場合は現地マネジメントチームの実態やキャッシュフロー、カントリーリスクなどがよりシビアな判断材料になる。加えて、対象となるのが地理的な観点などから欧米の優良企業となるため、事業買収となる場合は「1000億円以下」の案件はなかなかないと考えている。
人口減少期に挑む「海外利益比率50%」の真意
中期経営計画で掲げた長期経営目標「グローバル利益比率50%」について、森田社長は「単に『海外進出』を意味するのではなく、『日本をも内包する一体としてのグローバル』という捉え方だ」と説明する。この目標は「追うべき目標」ではなく「成長した結果」としてついてくるものだと考えている。
「世界のGDPにおける日本のシェアはすでに10%を割り込んでおり、国内人口の減少も避けられない。一方で、地政学的な分断が進む中でも、テクノロジー自体は必然的に国境を越えてボーダーレスに進化している」と指摘。この環境下で自社の競争力を維持し続けるためには、全ての事業を最初から世界基準(グローバル視点)で捉える必要があると強調する。
ROICもROEも「結果」に過ぎない
NECの自己資本コストは約6~7%の水準であり、ROICはこれを十分に上回るべきというのが基本的な考え方だ。しかし森田社長は「ROICもROEも、追うべき『目標』ではなく、経営努力の『結果』である」と断言する。これらの指標はある一時点の財務状況を示す静的な指標に過ぎず、特にROEは使い方を誤ると、企業の健全な成長において副作用をもたらす可能性がある。
「例えばROEは、負債(レバレッジ)を増やしたり、自社株買いを実施したりすれば、事業内容が変わらなくても見かけ上の数値を引き上げることができる。もちろん、余剰資金が生じた場合は手元に寝かせることなく機動的に対応するが、経営の本質的なスタンスは、株主から預かった自己資本コストを積極的に上回るリターンを『事業そのもの』で出すことだ。そのための新規事業機会を渇望に探し続けることこそが、経営者の本来あるべき姿だと考えている」と語る。
ROICについても、キャッシュROICという指標を用い、M&Aにおける投資の規律を保つために活用している。ただ、M&Aを実行すると(買収プレミアムが乗ることで投下資本が膨らむため)企業のROICは一時的に下がる。そのため、社内や市場がROICの数値を過度に重く見すぎると、かえって中長期的な成長に必要な投資に対して心理的なブレーキがかかりかねない。森田社長は「ROICの議論をする上では、こうした負の側面も十分に認識し、目標数値として盲信するのではなく、結果として位置付けるのが妥当だ」と述べる。
組織変革と人材育成:CHROの外部登用
NECは2023年に指名委員会等設置会社へ移行し、社外取締役が委員長を務める指名委員会を設置している。森田社長は「次世代の育成は、社長の重要な仕事の一つだ。私自身『いつ交代してもよい』という準備をしておくことが、経営者としての重要な務めの一つだと考えている」と語る。
また、CHRO(最高人事責任者)を外部から登用した背景について、森田社長は「日本企業が従来のメンバーシップ型雇用から変化する中で、CHROの重要性は非常に高まっている。NECでは、M&Aも含めてさまざまなバックグラウンドを持つ人材が入ってくる中で、文化や人材に関する課題を含め、CHROの役割は大きく変化してきている」と説明する。従来の日本企業の人事部門が担ってきた、新卒を採用し自社の文化に適応してもらう役割とは大きく異なり、事業を推進していく上でHRの観点からサポートする役割(HRビジネスパートナー)も必要であり、人事の経験に加えて、経営の視点で人の課題を捉えられることが重要になっているという。
AI時代のセキュリティとグローバル戦略
NECは米Anthropicと提携し、わずか3週間で電撃提携し、日本企業初のパートナーとなった。最新AI「Mythos」が誇るバグ発見能力を武器に、サイバー悪用のリスクへ各国の懸念が高まる中、いかにして「実装」の壁を越え、自らを磨くのか。森田社長は「4つのソブリン(主権)」の真意と、AI時代の防衛線と世界戦略の核心を明かす。
また、NECは「.JP(日本のサイバー空間)を守る」をスローガンに、日本のデジタルインフラの安全性を確保するため、サイバーセキュリティ事業を強化する。5月8日に開催したNEC サイバーセキュリティ事業説明会で森田社長は、国内産AIが必須だと強調し、サイバーセキュリティ事業強化を熱弁した。



