国際線CAから花卉農家に転身、クリスマスローズとベゴニア育てる野口貴子さん
国際線CAから花卉農家に転身、野口貴子さんの挑戦

国際線のキャビンアテンダント(CA)から、父の急逝で家業の花卉農家の3代目に転身した野口貴子さん。それから15年。華やかさの裏にある厳しい現実を乗り越え、クリスマスローズとベゴニアの魅力を発信し続けている。

父の急逝で家業を継ぐ決断

大正13(1924)年に祖父が創業した花郷園(東京都府中市)の代表を務める野口さん。父の一也さんはクリスマスローズを日本に広めた一人だ。野口さんは3姉妹の末っ子で、幼い頃からハウスに入り込んで遊び、夏にはスプリンクラーを浴びて育った。

若いころは家業を継がず、人が好きで海外に興味があったことからCAに。搭乗するお客さまに「私が担当でラッキーだった」と思ってもらえるよう懸命に努めた。実家に住んでいたため、帰国するたびに父の情熱を目の当たりにし、家業に関心を持つようになった。

Pickt横長バナー — Telegram用の共同買い物リストアプリ

平成21年、父が脳梗塞で倒れ、翌年亡くなった。介護のために休職し、家業を手伝い、亡くなった後、引き継ぐことになった。夫の応援もあり、「父の情熱を知っている私が継ごう」と決断した。

試行錯誤の日々とSNSでの発信

専門的に勉強したこともなく、見よう見まねのスタートだった。ルーチンの仕事はスタッフと一緒にできても、虫が発生したり病気が出たりすると対応に困った。自分で調べたり、同業者に聞いたりしながら、必死に取り組んだ。

当時は心身ともに余裕がなく、現状維持が精いっぱいで、経営的にも苦しかったという。ただ、やめたいとは考えなかった。そのころ、夫の勧めでSNSの発信を始め、花の姿や説明を発信すると気持ちが明るくなっていった。

育種にも取り組み、上向きに咲く明るい色合いのクリスマスローズのオリジナル品種「パピエ」を作り出した。展示会や販売会で「良い花を作っているね」と声をかけられると励みになり、少しずつ自信がついた。農園を公開するなど、お客さまと触れ合う機会も増やした。

自分らしい花の世界と今後の目標

野口さんは花をファッションやアートのように捉えている。「ベゴニアは葉が洋服の生地のように美しい」と語り、交配の際には「この色とこの色を交配したらこんな色が生まれるのでは」とイメージする。よく「貴子さんカラーだね」と言われるという。

今後は東京で育てた耐暑性のある丈夫なクリスマスローズを日本全国に広めたいと考えている。植栽やガーデンの仕事も広げ、植物を通してお客さまの幸せな暮らしをサポートしていきたいと話す。

Pickt記事後バナー — 家族イラスト付きの共同買い物リストアプリ