かつて「日本一」の発電量を誇った旧曽木発電所の遺構が、ダム湖の水面下から姿を現し、再び注目を集めている。水没して忘れ去られた巨大廃墟は、赤レンガの洋風建築として当時の面影を今に伝えている。
湖底の廃墟が残った理由
遺構が1999年の本格保存まで34年もの間、水没を繰り返しながらもなお当時の面影を残していたのは「赤レンガ」の洋風建築だったことが大きい。発電所周辺の民家や社宅は、解体や撤去をされずそのままダム湖に沈んだが、それらは社宅の基礎を除いてほとんど跡形も残っていない。しかし、発電所だけは残った。
レンガというものは、時代を越えて長く残る「時代の証人」なのだろう。曽木発電所が建設される以前の明治初期、東京では大火をきっかけに「都市部の不燃化」が叫ばれ、レンガ造りの建物が増加。その後、レンガ建築は全国へと広がっていった。
豪雨による倒壊と最先端の復旧作業
とはいえ、一年のうち何カ月も水中に沈む遺構であるため、「保存」するのは大きな苦労が伴う。2021年7月の記録的な豪雨の影響で、遺構の機械室部分は倒壊。レンガ壁の一部も崩れてしまった。
その後、崩れてしまったレンガを集めて、現在は復旧作業が行われている。その作業は最先端の技術が使われている。回収したレンガを3Dデータ化し、倒壊前のデータと照合することで、「壁のどこにあったレンガなのか」を割り出しているのだ。
明治時代、当時最先端だった発電技術のためにつくられた建物であり一度は水没してそのままになっていたものを、100年以上後の最先端技術を使って復元する。そう考えると、なんとも不思議な光景である。
遺構の手前には鉄板プラットフォームを設置。復旧工事時の大型クレーンの足場だ。NPO法人バイオマスワークあったらし会でも、毎年11月に遊覧船を運行して湖上から曽木発電所に近づくツアーを行っている。
続く記事では、この曽木発電所遺構と共に沈んだ「幻の集落」について追う。



