『豊臣兄弟!』第40話、家康が石川数正の出奔に取り乱すシーンが最も注目度70%
『豊臣兄弟!』第40話、家康の取り乱しシーンが注目度70%

テレビ画面を注視していたかどうかが分かる視聴データを独自に取得・分析するREVISIOは、18日に放送されたNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』(総合 毎週日曜20:00~ ほか)の第40話「あさひの輿入れ」の視聴分析をまとめた。

最も注目されたのは家康が石川数正の出奔を知るシーン

最も注目されたのは20時00分で、注目度70.0%。徳川家康(松下洸平)が石川数正(迫田孝也)の出奔を知り、大いに取り乱すシーンだ。

「遅いのう何をしておるのじゃ、石川殿は」徳川四天王の1人、本多忠勝がぼやく。ここ浜松城には評定のため徳川の主だった重臣が集まっていたが、刻限を過ぎても数正の姿が見えない。「あやつが評定に遅れるとは、珍しいのう」同じく四天王の酒井忠次(天野ひろゆき)も怪訝な顔をする。

「失礼いたしまする! 石川殿のお屋敷に、このようなものが!」そこへ1人の家臣が息を切らして駆け込んできた。ただ事ではなさそうだ。家康は差し出された書状に目を通すと、みるみる顔色を蒼くした。「石川殿は何と?」忠勝にそう問われてた家康は声を発することができず、忠勝に書状を手渡す。忠勝は隣の井伊直政(阿久津仁愛)とともに書状を読む。「出奔!?」書状に記されたおどろくべき内容に2人が思わず声を上げると、「豊臣に寝返るじゃと!」「バカな! 石川殿に限ってありえぬ。何かの間違いであろう!」と、その場は騒然となる。

家康の不気味な笑い声とSNSの反応

書状を持ってきた家臣によると、数正の屋敷はすでもぬけの殻だという。「なぜ、このようなまねを!」「今考えてもしかたあるまい!」榊原康政(栗原類)ら重臣たちの動揺が深まる中、「はははははははは…」と、家康の不気味な笑い声が部屋中に響いた。皆の視線が一斉に家康へ集まる。「殿、いかがなされた?」忠勝が家康に問いかけると、家康は高座から降り直政から書状を奪い取った。「出奔? はーっ、はは。数正が? はははっ!」家康は書状を投げ飛ばすと、笑いながら評定の場を後にした。

このシーンでは、石川数正の出奔によって混乱する徳川家康とその家臣の言動に、視聴者の注目が集まったと考えられる。家康が今川家の人質時代から仕えていた数正だが、突如家康のもとを出奔した。家康とその股肱の臣である数正の絆の深さは、第34話「最強のライバル」などでも細やかに描かれてきたが、前回、「茶々の本心」のラストで、数正は徳川家を出奔し豊臣家を頼って大坂城に入城。その動向に視聴者の関心が集まり、注視データのグラフでは開幕のシーンがもっとも注目された。豊臣の実力をよく知る数正は、豊臣と徳川の戦を避けるために奔走してきたが、力及ばず、家康を説き伏せることができなかったことに責任を感じての出奔だった。

SNSでは「家康がただ強がるだけのワンマンではなく、頼り切っていた右腕に逃げられてショックを受けている姿に胸が締め付けられた」「家康の笑い方から悲哀が伝わってきたよ」「家臣団の取り乱し方から数正が徳川家でどれだけ重要な人材だったか分かるね」と、徳川家の面々の様子に多くのコメントが集まった。

戦国時代の出奔の背景

戦国時代において出奔は、主従関係の解消や、身を守るための手段として家臣のとる選択肢の1つだった。上杉家臣・上条政繁は上杉謙信(工藤潤矢)の代から上杉家に仕え、御館の乱などにも関わった人物だ。上杉景勝との対立や、側近・直江兼続との確執が理由で1586(天正14)年に上杉家を出て、豊臣秀吉のもとへ移った。武田家臣・穴山信君は主君である武田勝頼との関係の悪化や織田・徳川軍の侵攻で、武田家の滅亡が現実味を帯びてきたため、武田家を離反して織田信長(小栗旬)に通じた。